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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)264号 判決

原告 旭砿末資料合資会社

被告 公正取引委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

一  原告

原告に対する公正取引委員会昭和五五年(判)第三号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反事件について、被告が昭和五九年一〇月一五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二原告の請求原因

一  原告は石灰石粉末の製造販売業者であり、訴外住友セメント株式会社(昭和三八年一〇月までの旧商号は磐城セメント株式会社。以下、右商号変更の前後を通じて「住友セメント」という。)はセメントの製造販売業者である。

被告は、原告と住友セメントが昭和四二年九月一六日に締結した別紙一記載の契約(以下「本件基本契約」という。)につき、同契約中の石灰石鉱業権の処分の相手方及び石灰石供給の相手方を制限する条項が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)二条六項にいう不当な取引制限に該当し、同法三条に違反するものであるとして、原告を被審人とする審判手続を行い、昭和五九年一〇月一三日、原告に対して右条項の削除等を命じる別紙添付のとおりの審決(以下「本件審決」という。)をした。

二  しかし、本件審決には以下に述べる違法があり、取消しを免れない。

1  石灰石供給の事業者性について

(一) 本件審決には、原告及び住友セメントが石灰石供給の「事業者」であることについての事実の認定がない。

本件は、原告と住友セメントとの間の石灰石供給に関する相互制限条項及びこれを補完するものとしての鉱業権処分に関する相互制限条項が独禁法二条六項に該当するとされている事案であるから、審決において、原告と住友セメントが石灰石供給の事業者であるとの事実を認定することが必要である。のみならず、問題とされている相互制限条項は、住友セメントが福島県田村郡(以下「田村郡」という。)内の原告以外の石灰石粉末製造業者に石灰石を供給してはならず、また、原告が同郡内の住友セメント以外のセメント製造業者に石灰石を供給してはならないというものであるから、単に原告が石灰石供給の事業者であると認定するだけでもなお足りないのであり、原告がセメント製造業者に対して石灰石供給を行つている事業者であること、すなわち、本件に即していえば、原告が田村郡内において住友セメント以外のセメント製造業者に対していつでも石灰石供給を実行しうる状態にある事業者であることを認定しなければならない。

しかるに、本件審決は、原告が石灰石製造販売業の、住友セメントがセメント製造販売業の各事業者であることを認定しているのみであり、右に述べた石灰石供給についての事業者であるとの事実は何ら認定していない。かかる認定をすることなく独禁法二条六項を適用したのは違法である。

(二) 原告及び住友セメントは石灰石供給の事業者ではない。

独禁法の保護法益は公正かつ自由な競争であるから、同法で取り扱われるべき取引及び事業は自由競争を内容とするものでなければならない。本件をみると、住友セメントが昭和四八年に石灰石供給を開始する以前には、田村郡内の石灰石粉末製造業者は自山採掘をしており、石灰石の売買が行われた事例としては、石灰石鉱山を持たない企業の工場を田村郡に誘致するにあたり、これに石灰石を供給することを約定し、その企業に対してのみ限定的に右約定に基づく義務の履行として石灰石を供給するといつたものがあつたにすぎず、このような義務的な供給は、自由な競争を欠くため、その供給をもつて事業とはなしえないのである。また、住友セメントは昭和四八年に石灰石供給を開始したが、それは原告に損害を加える目的で原告の同業者に対し安価に石灰石を供給したものであり、健全な競争原理に立つ取引ではない。田村郡内には、以上のような状況しかないのであつて、これら自由競争の原理から遠いものは同法二条六項の予定する取引とはいえず、したがつて、原告及び住友セメントは同条項にいう「事業者」に当たらない。

更に、本件においては、原告が田村郡において住友セメント以外のセメント製造業者に対していつでも石灰石供給を実行しうる状態にある事業者であるとは認められない。右認定をなしうるためには、その前提として、第一に、田村郡に住友セメント以外のセメント製造業者が進出する具体的かつ切迫した可能性があることが必要であるが、後記のとおり右可能性は皆無であり、第二に、セメント原料としての石灰石は低価格でかつ大量に供給されなければならないので、原告がそのような供給をなしうる大規模採掘設備を有していることが必要であるが、一介の石灰石粉末製造業者にすぎない原告は、小規模採掘によつて採掘コストの高い石灰石を採掘しているものであり、セメント製造業者に対して低価格かつ大量の石灰石を供給する能力を有しない。原告所有の鉱山に大量採掘ができる石灰石の埋蔵量があることを認定しただけでは、原告がセメント製造業者に対して石灰石を供給しうる状態にある事業者であるとはいえないのである。結局、本件審決は、右事業者の点について実質的証拠を欠く。

2  石灰石供給の取引分野について

(一) 本件審決には、「一定の取引分野」についての事実の認定がない。

独禁法二条六項にいう一定の取引分野についての事実認定は、地域、従事する事業者の範囲、取引される商品の種類又は取引形態等を示すことにより一定範囲の市場であることを具体的に特定することが必要であるが、本件審決では、僅かに田村郡の地域における石灰石供給取引が取り上げられていることを感知しうるにすぎず、石灰石粉末製造業者に対する供給取引だけなのか、セメント製造業者に対する潜在的な供給取引をも含むものか、後者であるとすると、その潜在的取引が行われる具体的な可能性は何か、石灰石粉末製造業者に対する供給取引とセメント製造業者に対する供給取引とは単一の取引分野に属するのか否か、といつた点については何も認定されていない。これらの具体的な事実を認定することなく独禁法二条六項に当たるとしたのは違法である。

(二) 田村郡の地域には住友セメント以外のセメント製造業者に対する石灰石供給を含む取引分野は存在しない。

田村郡には住友セメント以外のセメント製造業者はいないから、他のセメント製造業者に対する石灰石供給を含む潜在的な市場があるか否かが問題となる。潜在市場は空想上のものであつてはならず、当該取引が行われる具体的かつ切迫した可能性があることが必要である。そして、住友セメント以外のセメント製造業者に対する石灰石供給を含む潜在的な市場が存在するためには、第一に、販売競争の売込先となる住友セメント以外のセメント製造業者が田村郡に進出する具体的かつ切迫した可能性が存在しなければならず、第二に、販売競争において住友セメントの競争相手となる原告が、セメント製造業者に対して右製造業者が要求する低価格かつ大量の石灰石を供給するための十分な埋蔵量と大規模採掘設備を有していなければならず、第三に、販売競争において原告の競争相手となる住友セメントが、他のセメント製造業者に対して石灰石を供給する意思と能力の余力を持つていなければならない。

しかし、右第一については、後記のとおり、田村郡に住友セメント以外のセメント製造業者が進出する可能性は皆無である。第二については、原告は一介の石灰石粉末製造業者であり、小規模採掘設備しか有しないから、セメント製造業者が要求する低価格かつ大量の石灰石を供給する能力がない。第三については、住友セメントが同業者であるセメント製造業者に石灰石を供給する意思も能力もないことは明らかである。

したがつて、田村郡の地域には住友セメント以外のセメント製造業者に対する石灰石供給を含む潜在市場は存在せず、そのような取引分野が存在するとした本件審決は実質的証拠を欠くというべきである。

(三) セメント製造業者に対する石灰石供給と石灰石粉末製造業者に対する石灰石供給とは別個の取引分野に属する。

本件審決は、セメント製造の原料としての石灰石の供給と石灰石粉末製造の原料としての石灰石の供給が単一の取引分野に属するとしているが、両者は、単一の取引分野に取り込むには取引態様その他の点においてあまりにも相違がありすぎるというべきである。市場あるいは取引分野とは、要するに自由競争の場をいうものであるから、田村郡で採掘された石灰石が石灰石粉末製造用のほかセメント製造用にも使用しうるか否かの判断は、単に白色度という物理的側面から両用途に使用できるものであるというだけでなく、自由競争の場において両用途に使用されるものとして取引の対象となりうるか否かという観点からもなされるべきである。この観点からすると、セメント製造業者は低価格かつ大量の石灰石であることを供給を受ける絶対条件としており、原告が小規模採掘設備によつて採掘する高価格かつ少量の石灰石は、石灰石粉末製造業者に販売することはできても、セメント製造業者の要求するものとは全く異なるのである。したがつて、石灰石粉末製造業者に対する販売についてはともかく、セメント製造業者に対する販売については、大規模採掘設備を有する住友セメントだけが供給しうる態勢にあり、原告はその態勢になく、原告と住友セメントはセメント製造業者に対する販売につき競争関係に立たないのである。このような取引態様からみて、セメント製造の原料としての石灰石と石灰石粉末製造の原料としての石灰石の供給とは単一の取引分野に属さないものというべきであり、この点の本件審決の認定は実質的証拠を欠く。

3  相互拘束性について

本件基本契約中の原告の石灰石供給及び鉱区処分を制限する条項は文字どおりの拘束力を有するものとして定められたものではない。

(一) 昭和三一年当時、原告と住友セメントはいずれも田村郡に石灰石鉱山を所有しており、住友セメントは同郡にセメント製造工場を建設する意向を持つていた。ところが、そのころ第三者が同郡に別のセメント製造工場を建設する計画を進めており、原告に対して鉱区売渡しを求める交渉を始めたので、住友セメントは原告に対して、右第三者への鉱区売渡しに応じないよう要請し、その対価として、住友セメントが、〈1〉大滝根石材株式会社の鉱区を買収して原告に譲渡すること、〈2〉大越地区で自ら石灰石粉末製造事業を行わないこと、〈3〉原告に住友セメントの鉱区で年間五万トンの石灰石を採掘させることの三点を約束した。そこで、原告は、右対価を得て住友セメントの要請を受け容れることとし、昭和三二年三月二三日、住友セメントとの間において、別紙二記載のとおりの契約(以下「昭和三二年契約」という。)を締結した。右契約には、住友セメントも原告の同意なしに鉱区を処分しないことを約束する旨の条項が置かれているが、右契約は、原告の鉱区処分の制限とこれに対する住友セメント右〈1〉〈2〉〈3〉の約束とを対価関係に立つものとして定めることに意味があつたものであり、住友セメントの鉱区処分を制限する必要性は全くなかつたのである。それにも拘わらず住友セメントに対する右制限条項を置いたのは、専ら契約当事者としての形式的対等を装うための飾り文句にすぎず、拘束としての実質は全くないものであつた。

(二) その後、住友セメントは田村工場の新設を決定したが、採掘した石灰石を同工場に運搬するコンベアの設置、表土捨場の設置その他のため原告の鉱区上の土地を使用せざるをえず、また、採掘場の設定により原告の鉱区を一部採掘しなければならなくなつたので、原告に対し、右鉱区の一部の使用について許諾を求め、その対価として、住友セメントが、〈1〉釜山鉱山鉱区及び神俣タンカル工場を原告に譲渡すること、〈2〉原告以外の石灰石粉末製造業者に石灰石を供給しないこと、〈3〉滝根町等にある鉱区の処分等をしないことを約束した。そこで、原告は、右対価を得て住友セメントの求めに応じることとし、昭和三七年八月一日、住友セメントとの間において、別紙三記載のとおりの契約(以下「昭和三七年契約」という。)を締結した。右契約には、原告も住友セメントの同意なしに住友セメント以外のセメント製造業者に石灰石を供給しないこと及び滝根町等にある鉱区の処分等をしないことを約束する旨の条項が置かれているが、右契約は、原告の鉱区の一部使用許諾の対価として定められた住友セメントの右の〈1〉〈2〉〈3〉の約束について同社を拘束することに意味があつたものであり、原告に対する右制限条項と住友セメントの右〈2〉〈3〉の約束とは対価的関係に立つものではなかつた。当時、田村郡には住友セメント以外のセメント製造業者は存在せず、他のセメント製造業者が新たに進出してくる可能性も全くなかつたのであるし、また、原告の有する小規模採掘設備では数量的にも価格的・採算的にもセメントの原料となる石灰石を供給することは不可能であつたから、原告のセメント製造業者に対する石灰石の供給を制限する必要性及びこれを補完するものとしての鉱区処分を制限する必要性は全くなかつたのであり、それにも拘わらず右制限条項を置いたのは、専ら契約当事者としての形式的対等を装うための飾り文句であつたにすぎない。

(三) 住友セメントは、昭和三七年契約に基づき、昭和四二年一月に釜山鉱山鉱区を所有する会社の株式を原告に譲渡した。ところが、同年四月、住友セメントは、既に処分権限を失つた右鉱区を地元の田村郡滝根町及びその関係会社に譲渡する契約をしたため、右契約の履行について苦境に立ち、もしその履行ができなければ新設の田村工場を操業することができなくなるという打撃を被るおそれがあつたので、これを打開するために、原告に対して、一時、右鉱区を滝根町との共同鉱区とし、かつ、その一部につき滝根町の関係会社に租鉱権を設定してくれるよう要請するとともに、その対価として、住友セメントが、〈1〉原告に対し石灰石粉末製造に必要とする石灰石を供給すること、〈2〉自ら石灰石粉末製造事業を行わないこと、〈3〉原告の同意なしに原告と同業の石灰石粉末製造業者に対して石灰石を供給しないこと、〈4〉原告の同意なしに田村地区に保有する石灰石鉱業権を処分しないことを約束した。そこで、原告は、右対価を得て住友セメントの要請を受け容れることとし、同年九月一六日、住友セメントとの間において、本件基本契約を締結したほか、基本契約付帯覚書(査第六号証)、採石会社に関する契約書(審第二四号証)、四者共同鉱区設定に関する契約書(審第二五号証)、鉱区使用協定書(審第二六号証)、神俣タンカル製造設備等譲渡契約書(審第二七号証)、金銭消費貸借契約書(審第二八号証)及び株式譲渡契約書(二通。審第二九号証、第三〇号証)を取り交わした。本件基本契約には、原告が住友セメントの同意なしに他のセメント製造業者に対して石灰石を供給しないこと及び田村地区に保有する石灰石鉱業権を処分しないことを約する旨の条項が置かれているが、右契約は、釜山鉱山鉱区についての前記要請の受諾とその対価として定められた住友セメントの右〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉の約束とがその基本部分をなしているものであつて、原告に対する右制限条項と住友セメントの右〈3〉〈4〉の約束とは対価的関係に立つものではなかつた。当時、田村郡に住友セメント以外のセメント製造業者が進出してくる可能性は将来とも皆無であるというのが原告及び住友セメント双方の一致した判断であつたのであり、かつ、客観的にもそのような情勢にあつたことは次の4に述べるとおりであるし、また、原告の有する小規模採掘設備では数量的にも価格的・採算的にもセメント原料となる石灰石を供給することは不可能であつたから、原告と住友セメントは、原告に対する右制限条項が実質的に効力のあるものであるとは全く考えていなかつた。それにも拘わらず右条項を置いたのは、昭和三七年契約の場合と同様、専ら契約当事者としての形式的対等を装うための飾り文句であつたにすぎず、その文言どおりの拘束力を発生させる趣旨ではなかつた。

(四) 本件審決は、右昭和三二年契約、昭和三七年契約及び本件基本契約を通じ、原告と住友セメントがそれぞれの事業分野に専念して相手方の事業を侵害しないという事業分野調整の考え方が維持されており、前記の石灰石供給及び鉱区処分の制限条項は右事業分野調整の一環としての意味を有するものであると主張するが、住友セメントが田村郡において石灰石粉末製造事業を行うことができることはともかく、原告が田村郡においてセメント製造事業を行うことは全く不可能であつたから、住友セメントとの間において事業分野を調整することは意味がなく、もともと本件審決のいうような事業分野の調整などの事実は存在しなかつたのである。

以上のように、昭和三二年契約、昭和三七年契約及び本件基本契約はそれぞれ全く異なつた動機から締結されたものであつて、昭和三二年契約及び昭和三七年契約には他のセメント製造業者の進出を阻止するという目的は何もなく、また、右各契約当時他のセメント製造業者の進出する可能性も皆無であつたのであるから、それにも拘わらず、本件審決が本件基本契約中の原告に対する前記制限条項に効力を認めて相互拘束を認定したのは、文言至上主義によつて契約の解釈を行つた違法があり、実質的証拠を欠くものである。

4  競争の実質的制限について

田村郡の地域に住友セメント以外のセメント製造業者の工場が進出する可能性は皆無であり、競争の状態は生じない。

田村郡内には、以前から住友セメント以外のセメント製造業者は存在していない。したがつて、本件基本契約中の原告のセメント製造業者に対する石灰石供給及び鉱業権処分を制限した前記条項が相互拘束として競争を制限する意味を持つためには、同郡の地域に住友セメント以外のセメント製造業者が進出する可能性が高く、かつ切迫しているという事実関係の存在(潜在競争の存在)を前提としなければならない。右事実関係を積極的に認定することができない以上、拘束及び潜在競争は存在しないと解すべきである。しかるに、本件審決は、他のセメント製造業者の工場が進出する現実的、具体的な可能性を積極的に認定することなく、単に進出の可能性を否定できないという消極的な表現をもつて終始している。これは、潜在競争は抽象的かつ非現実的な可能性でも足りるとする点で誤つた理論に立脚するものであるが、更に、本件においては、次に述べるとおり、右審決のいう微弱な進出の可能性すら全くないことが明らかである。

(一) まず、審判で取り調べられた住友セメント及び小野田エンジニアリング株式会社の専門家の判断によれば、田村郡の地域には輸送問題について致命的な隘路があつて、同地域にセメント製造工場を新設するのは採算上不可能であり、加えて、セメント製造業界の激しいコストダウン競争の結果、需要の増加は工場の新設と全く結びつかない状況にあることなどのため、本件基本契約締結当時はもちろん、現在及び今後一〇年くらいの間も、田村郡の地域に他の新たなセメント製造工場が作られる可能性は全くないとされている。これらセメント業界に身を置く練達の専門家の判断を軽々に無視することは許されない。

(二) そればかりでなく、本件審判手続終結後に公表された資料によれば、セメント製造業は、昭和五九年五月二日、特定産業構造改善臨時措置法(昭和五三年法律第四四号。以下「産構法」という。)二条一項八号に定める「物品を製造する設備の生産能力が著しく過剰になるとともにその業種に属する事業者の相当部分の生産若しくは経営の規模又は生産の方式が著しく不適当となり、かつ、その状態が長期にわたり継続することが見込まれるため、その業種に属する事業者の相当部分の経営の著しい不安が長期にわたり継続するおそれがあると認められる業種」に当たるものとして、同法の「特定産業」に指定され、通商産業大臣は、同年八月三日、同法三条一項の規定に基づき構造改善基本計画を定め、更に昭和六〇年一月三一日、同法五条の規定に基づき共同行為についての指示をした。右構造改善基本計画の内容は、〈1〉グループ化を推進し、過剰設備の廃棄などを行う。〈2〉過剰設備につき、廃棄すべき設備は焼成炉とし、廃棄すべき設備の量は昭和五九年三月現在の年間生産能力の二三パーセントに当たる三〇〇〇万トンとし、廃棄は昭和六〇年三月三一日までに行うものとし、遅くとも昭和六一年三月三一日までに行う。〈3〉昭和六三年六月三〇日までの間焼成炉の新設、増設及び改造は行わないものとする。〈4〉事業者はセメントの共同販売、物流の管理等を行う共同事業会社を設立する、というものであり、また、右共同行為の指示は、右〈2〉及び〈3〉を内容とするものであつた。これらに基づき、セメント協会に加入している二二社は、昭和六〇年二月一日、年間生産能力の二三・一パーセントに当たる合計約二九〇〇万トン余りの焼成炉を廃棄することを決め、同年三月三一日までに予定量の八五パーセントの廃棄を終え、昭和六一年三月三一日までに残りの一五パーセントを廃棄することとするとともに、前記構造改善基本計画による共同事業会社五社を設立して昭和六〇年九月から業務を開始した。

以上のような状況下で、不便極まる田村郡に新規の工場を建設することなどは全く考えられないことである。また、セメント製造業界の設備過剰による構造不況は、昭和四八年の石油危機以来のものであり、本件審判開始決定があつた昭和五五年一二月三日から審判手続を終結した昭和五八年五月一六日に至る間も状況はますます悪化していた。そのため、セメント協会は、昭和五七年一〇月二一日早くも構造問題研究会を発足させ、昭和五八年四月二二日産構法の追加指定を受けるとの基本方針を決め、同年八月二三日その旨正式決定をしたのであり、これを要するに、本件審判手続終結当時、既にセメント業界は「著しい設備過剰を原因とする不況が長期にわたり継続する」という状態に陥つていたのである。したがつて、この事実は本件審決において参酌されるべきであつた。

右(一)、(二)のとおり、本件審判手続終結当時田村郡の地域に住友セメント以外のセメント製造業者が進出する可能性は皆無であつたのであるから、仮に本件基本契約のうち原告に対する前記制限条項が文字どおりのものであるとしても、原告のセメント製造業者に対する石灰石供給取引が全く考えられない状態の下で、ただ同条項だけが空しく存在するにすぎず、同条項によつて競争の実質的制限という違法状態は発生していないのである。この点に関する本件審決の認定判断は実質的証拠を欠くものである。

5  公共の利益に反するとの点について

本件基本契約において、住友セメントは、田村工場の存続という利益を得る対価として、原告に対し、原告以外の石灰石粉末製造業者には石灰石を供給しないことを約束した。本件審決は、右約束を住友セメントに対する違法な拘束としているが、もし本件基本契約が締結されなければ、住友セメントは田村工場を閉鎖せざるをえない状況に追い込まれたはずであるから、住友セメントが原告に右契約の締結を求めたのに対し、原告が住友セメントの得る大きな利益の対価として右の約束をさせたのは極めて当然である。本件基本契約は、このような合理的な動機から締結され、内容的にも何ら不純なものを含んでいないのであつて、独禁法といえども、このような誠実な契約を破棄させることはできないものと解すべきである。また、住友セメントが得た大きな利益を放置したまま、その対価に当たる右約束の部分だけを取り出してその破棄を命じることは、衡平を欠くこと甚だしい。住友セメントは大手のセメント製造業者であり、本件基本契約の締結当時は田村郡内の石灰石粉末製造業者に石灰石を供給していなかつたし、また、これを行う意思も全然なかつたのであるから、住友セメントが石灰石粉末製造業者に対する石灰石供給に参入しないと約束したからといつて、田村郡内の石灰石供給の取引分野にいかほどの影響を与えたことになるのであろうか。しかるに、住友セメントは、昭和四八年に至り右約束に違反して田村郡内の石灰石粉末製造業者に対して石灰石の供給を開始したのであるが、まさにその契約違反行為によつてはじめて石灰石供給の事業者の資格を得、田村郡にはじめて石灰石供給の取引分野が生じ、ここに独禁法二条六項の要件が整うに至つたのである。

以上の事情の下にあつては、本件基本契約を締結し履行することは、同法二条六項の要件である公共の利益に反しないというべきであり、本件審決が右契約の効力を覆滅させようとすることは、契約自由の原則に反し、独禁法の解釈を誤り、同法を濫用するものである。

三  よつて、本件審決の取消しを求める。

第三被告の答弁

一  請求原因一の事実は認める。

二1  請求原因二1(一)の主張は争う。

独禁法二条一項によれば、「事業者」とは「商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいう。」と定められているところ、本件審決は、原告及び住友セメントについて、両社が田村郡の地域で石灰石を採掘し供給するものであり、いずれも石灰石供給事業者であると認定している。石灰石供給事業者であるか否かは、石灰石そのものの供給が業としてなされているかどうかについて判断されるべき事柄であつて、その石灰石供給を殊更に石灰石粉末製造業者向けとセメント製造業者向けに二分し、その両者に対する供給が現に行われていない限り石灰石供給事業者といえないとすべきものではない。なお、原告がセメント製造業者に対して石灰石を供給しうるか否かの点については、本件審決は、その理由第三の二及び三において詳細に認定している。

2  請求原因二1(二)の主張は争う。

セメント製造業者及び石灰石粉末製造業者が自山採掘を原則としているからといつて、そのことから直ちに、これらの業界において石灰石の供給事業が存在しないとすることはできないのであり、石灰石の供給が業としての供給と認められるか否かは、反復継続的にかかる供給が行われていると認められるか否かによつて判断されるべきものである。原告のいうように義務的な供給が事業にならないのであれば、一般に契約上の義務に基づく継続的供給はすべて事業たりえないことになり、その不合理なことはいうをまたず、また、昭和四八年以降の住友セメントの石灰石の供給も、同社の意向がどうであれ、相手方の需要に応じ通常の経済活動として行われていることは明らかである。なお、原告は、原告がセメント製造業者に対して石灰石を供給する事業者ではないと主張するが、本件審決は、原告及び住友セメントを石灰石を供給する事業者として把握、認定しているのであり、原告の主張は失当である。

三1  請求原因二2(一)の主張は争う。

本件審決は、その理由第一の一において、田村郡の地理的条件、同郡内に埋蔵する石灰石の特色、その所有関係及び石灰石の輸送条件等につき事実認定することにより、田村郡の地域に石灰石供給の一定の取引分野が成立していることを認定していることは明らかである。

2  請求原因二2(二)の主張は争う。

本件において、田村郡の地域における石灰石供給の取引分野の形成の成否の判断にあたつては、同地域及び周辺で採掘される石灰石がセメント製造用及び石灰石粉末製造用のいずれの用途にも使用できるものであること及び原告と住友セメントが現に同地域においてそれぞれ石灰石粉末製造業者に対して石灰石を供給している事実を前提とし、かつ、同地域において、セメント製造の原料としての石灰石に対する需要の可能性及びそれに対する供給能力があることを考慮すれば十分であるところ、右需要の可能性については、同地域に他のセメント製造業者の工場が進出する可能性を否定することはできない点から、また、供給能力については、両社が実質的に所有する石灰石の埋蔵量の点から、いずれもこれを肯定することができるのであつて、これに加え、更に、両社が現にセメント製造用としての石灰石の供給態勢にあることや、その意思があることを必要とするものではなく、同地域に石灰石供給の取引分野の成立を認定した本件審決の事実認定には何ら誤りはない。

3  請求原因二2(三)の主張は争う。

一定の取引分野は、対象となる市場の実態に応じて、重層的にも成立しうるものであり、一つの取引分野の成立が他の取引分野の成立の可能性を排除するものではないことはいうまでもない。本件審決は、その説示する諸点を考慮のうえ、田村郡の地域に石灰石供給の単一の取引分野が成立していることを認定しているのであり、右認定に誤りはない。

四  請求原因二3のうち、原告と住友セメントが昭和三二年契約、昭和三七年契約及び本件基本契約を締結したことは認めるが、その余の主張は争う。

1  昭和三二年契約が原告及び住友セメント双方の共通の利益の確保を目的として締結されたものであることは、同契約の前文の記載及び原告代表社員佐瀬辰三の供述(査第一八号証)からも明らかであり、右契約における住友セメントの鉱区処分を制限する条項(同契約一条)は、住友セメントが石灰石粉末の製造を行わないとの条項(同七条)を補完する役割を果たしているものであつて、極めて意味を持つ規定である。

2  また、昭和三七年契約についても、同契約締結当時、現に他のセメント製造業者が田村郡内に進出する予定がなかつたというだけにすぎず、同契約における石灰石供給を制限する条項及びその所有鉱区の処分を制限する条項が、両当事者間において、それぞれの事業分野を定めることの一環としての意味及びこれを補完する意味を持つものとして認識されていたことは、佐瀬四郎の供述(査第二二号証、第二三号証)からも明らかであつて、右制限条項はいずれも極めて意味を持つ規定である。

3  更に、本件基本契約について、これを〈1〉釜山鉱山鉱区に関して原告がした約束の部分、〈2〉住友セメントの石灰石供給及び鉱区処分を制限した部分及び〈3〉原告の石灰石供給及び鉱区処分を制限した部分とに三分し、右〈1〉と〈2〉とが対価関係に立ち、〈3〉はこれらとは関係のない無意味な、効力のない規定であるとするのは、根拠のない考え方である。この考え方は、契約締結時の主な動機のみを強調し、昭和三二年契約から昭和三七年契約を経て本件基本契約に至つた経過や右基本契約の各条項の客観的、合理的な意味を無視する強弁というほかない。本件基本契約は、昭和三二年契約で、両当事者間において、田村郡の地域における石灰石を原料とする事業分野を二分し、それぞれの事業分野を定めるという考え方の萌芽が生じ、そのために、住友セメントは石灰石粉末製造事業を行わないこととし、この考え方が昭和三七年契約で一層明確となり、それを本件基本契約が受け継いだとみるべきであり、この経過に照らしても、右〈3〉の部分が本件基本契約において有している意味は明らかである。

本件審決が認定するとおり、田村郡への他のセメント製造業者の進出の可能性を否定する理由はなく、石灰石の採掘規模、方法等についても技術革新等によつて改良、改善が可能であるとすることに何ら不合理はないから、田村郡における石灰石供給事業者が他の事業者との間で、セメント製造業者に対する鉱区処分を含む石灰石の供給の制限を内容とする契約を締結したことを無意味、無効であるとすることができないのは当然である。

五  請求原因二4のうち、セメント製造業につき産構法に基づく特定産業の指定がなされ、通商産業大臣により原告主張のような内容の構造改善基本計画が定められ、かつ、共同行為の指示がなされたことは認めるが、その余の主張は争う。

1  相互拘束の前提として田村郡の地域における他のセメント製造業者進出の可能性を検討する場合、市況や技術基新を含めた経済事情の変動のほか、契約当事者である原告及び住友セメントがそれぞれ実質的に所有する石灰石の埋蔵量及び契約の有効期間も併せ考慮して判断されなければならない。かかる観点からすると、原告が実質的に所有する石灰石の埋蔵量は、現在の生産量を前提にすると極めて長期の生産に耐えうるものであり、年々の生産量の増加を考慮しても、相当年月の間生産を継続しうると推定して不合理でないところ、本件基本契約の有効期間は三〇年とされ、鉱量の存在する限り自動更新する旨定められているのである(同契約一九条)から、仮に現時点において他のセメント製造業者の工場の進出が困難であるとしても、その間市況の変遷は勿論のこと、輸送等の問題についても改良、改善が行われる可能性は否定できないところであり、結局、他のセメント製造業者の工場が同地域に進出する可能性を否定する理由はないというべきである。原告援用の証拠は、現在のセメントの市況を前提とし、経済的にあるいは製品の輸送条件からみて、右進出の可能性が少ないことを指摘しているものにすぎず、その可能性を否定しているものでないことは明らかである。

2  また、セメント製造業が産構法に基づき特定産業に指定されたことに伴い、前記の構造改善基本計画が定められ、かつ、共同行為の指示がなされたことにより、既存のセメント製造業者がこれを受けて設備の処理等の共同行為を実施しているところであるが、同法は、昭和六三年六月三〇日までに廃止が予定されており、同法に基づき行われる諸対策も右期間内に行われるべきものにすぎないうえ、右構造改善基本計画及び共同行為の指示においても、設備の更新は制限外となつているので、いわゆるスクラップ・アンド・ビルドにより工場を新設することは妨げられず(なお、構造改善基本計画は事業者に対して指針を示したものであり、同法五条に基づく右共同行為も、既存の事業者の共同行為で、かつ、加入脱退が自由であることはいうまでもないから、右期間内であつても新規参入は可能であり、また、既存の事業者が共同行為を脱退して新、増設を行うことも可能である。)、要するに、かかる諸対策が実施されていることは、その間田村郡の地域に他のセメント製造業者の工場が進出する可能性を否定することを示すものでありえないのであり、まして、本件審判手続終結当時その可能性が皆無であつたことを示すものなどではない。

したがつて、本件の拘束条項によつて競争の実質的制限という違法状態が発生していないとはいえない。

六  請求原因二5の主張は争う。

原告の右主張は、本件基本契約の相互拘束条項の履行によつて、田村郡の地域において、石灰石を原料として利用する事業をセメント製造事業と石灰石粉末製造を中心とするその他の事業とに二分し、住友セメントは前者の事業に、原告は後者の事業にそれぞれ専念し、相互に相手方の事業を侵害しないこと、特にその一環として、相手方の事業にかかる競争業者に対し石灰石を供給しないことによつて、住友セメント及び原告がそれぞれ専念する分野において独占的地位を獲得、維持することを是認するものである。

しかし、独禁法二条六項に定める「公共の利益に反して」とは、原則として、同法の直接の保護法益である自由競争秩序に反することを指し、なお、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進するという同法の目的に実質的に反しないと認められる例外的な場合を不当な取引制限行為から除外する趣旨であるところ、本件が右除外の場合に当たるとは到底解されず、契約当事者にとつては合理的な動機から締結された契約であつても、一定の取引分野全体の立場から競争を実質的に制限するものである限り、これを排除することが公共の利益の合致することはいうまでもない。そのうえ、本件審決が排除を求めているのは、原告が主張するように単に住友セメントに対する拘束条項だけではないし、また、住友セメントは本件基本契約締結以前から石灰石を供給していたのであつて、原告の主張はいずれも失当というほかはなく、原告及び住友セメントが本件相互拘束条項の履行によつて獲得、維持している利益の追求は、独禁法二条六項に定める「公共の利益」に反することは明らかである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがないので、以下原告の主張する本件審決の違法事由の存否について判断する。

二  石灰石供給の事業者性について

1  原告は、本件審決には、原告及び住友セメントが石灰石供給の「事業者」であることについての事実の認定がないと主張する(請求原因二1(一))。

独禁法二条一項によれば、「この法律において事業者とは、商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいう。」と定められているところ、本件審決は、その理由第一の一の(一)及び(二)において、原告が石灰石粉末の製造販売業を営むとともに、田村郡の地域で石灰石を採掘し供給する者であること及び住友セメントがセメントの製造販売業を営むとともに、田村郡の地域で石灰石を採掘し供給する者であることをそれぞれ認定しているのであり、審決の理由全体から合理的に判断すれば、右は原告及び住友セメントがいずれも石灰石供給の事業を行う者であるとの事実を認定しているものであると認めるに十分である。また、本件で問題とされている相互拘束条項は、原告については田村郡内のセメント製造業者に対する石灰石供給等を制限するものであり、住友セメントについては同郡内の石灰石粉末製造業者に対する石灰石供給等を制限するものであるが、本件審決は、右相互拘束条項により、田村郡の地域における石灰石そのものの供給について競争が実質的に制限されることになるとして、これを不当な取引制限の禁止違反に問擬しているのであるから、右の石灰石供給事業者を更にセメント製造業者に対する石灰石供給事業者と石灰石粉末製造業者に対する石灰石供給事業者とに二分し、原告が前者に当たる者であることを審決において認定しなければならないものではない。原告の主張は採用することができない。

2  原告は、本件審決が原告及び住友セメントを石灰石供給の事業者と認定したのは実質的証拠を欠くものであると主張する(請求原因二1(二))。

本件審決は、その理由第一の一の(一)及び(二)の認定事実に対する証拠として挙示する各証拠により、石灰石を原料として使用する業者は自山で採掘した石灰石を使用して操業していることが多いとしても、各地において石灰石の供給が行われている例もよく見られるところであること、原告及び住友セメントは、いずれも石灰石等の販売を事業目的の一つとして定款に掲げ、かつ、従来から田村郡内の複数の石灰石粉末製造業者に対し、当該業者の需要に基づいて、自己の所有鉱区から採掘した石灰石を反復継続的に供給し、経済的対価を取得しているものであることを認定しているのであり、右認定は、前掲各証拠に照らし合理的なものとして首肯することができる。これらの事実からすれば、本件審決が原告及び住友セメントを石灰石供給の事業者と認定したことは何ら不合理ではなく、実質的証拠を欠くとはいえない。原告は、右供給が特定業者間の約束に基づく限定的、義務的なものであるか、あるいは住友セメントが原告を害する目的をもつて行つているものであるから、事業としての供給とはいえないと主張するが、供給を行うに至つた事情又は目的が右主張のようなものであるというだけで、直ちにそれが事業性を欠くとすることはできない。

また、原告は、本件において原告を石灰石供給の事業者と認めるためには、原告が住友セメント以外のセメント製造業者に対していつでも石灰石供給を実行しうる状態にある事業者である事実を認定することが必要であるとし、その点の実質的証拠を欠くと主張する。

しかし、本件審決は、前記のとおり、本件の相互拘束条項が田村郡において行われる石灰石そのものの供給を制限するものであるとしてとらえ、これに応じて、原告の事業者性の有無も、右供給そのものを業として行つているか否かにより認定判断しているものであるから、その石灰石の供給が住友セメント以外のセメント製造業者に対する供給でなければならないとの前提に立つて、本件審決における事業者の認定を非難する原告の主張は、前提において失当というほかない。のみならず、後に判示するとおり、本件審決は、原告が田村郡の地域において住友セメント以外のセメント製造業者に対し石灰石を供給しうる状態にある事業者であると認定しているのであつて、この点に関する本件審決の認定が実質的証拠を欠くものとは認められない。

三  石灰石供給の取引分野について

1  原告は、本件審決には、「一定の取引分野」についての事実の認定がないと主張する(請求原因二2(一))。

しかし、本件審決の理由第一の一の(三)ないし(六)に認定されている各事実から総合的に判断すれば、本件審決が、田村郡の地域に石灰石供給の一定の取引分野が成立しているとの事実を認定しているものであることは明らかである。そして、本件においては石灰石そのものについての供給制限が問題とされているものである以上、「一定の取引分野」の認定においても、石灰石供給を更にセメント製造業者に対する供給と石灰石粉末製造業者に対する供給とに区別したうえ、原告の指摘するような諸点についてまでこれを逐一具体的に摘示、認定する必要はないものと解すべきである。原告の主張は採用することができない。

2  原告は、本件審決が田村郡の地域において住友セメント以外のセメント製造業者に対する石灰石供給を含む取引分野の成立を認めたのは実質的証拠を欠くと主張する(請求原因二2(二))。

独禁法二条六項にいう「一定の取引分野」は、特定の行為によつて競争の実質的制限がもたらされる範囲をいうものであり、その成立する範囲は、具体的な行為や取引の対象・地域・態様等に応じて相対的に決定されるべきものである。

ところで、本件審決は、その理由第一の一の(一)ないし(六)の認定事実に対する証拠として挙示する各証拠により、田村郡の地域で採掘される石灰石は、そのほとんどが白色度九〇パーセント以上の結晶質石灰石であつて、セメント製造用と石灰石粉末製造用の両用途に使用できるものであり、実際にも主としてセメント及び石灰石粉末の原料として用いられていること、田村郡の地域にある右の白色度の高い石灰石の鉱量は、静岡県以東の地域に埋蔵する同種石灰石の鉱量のうち最大のものであるが、田村郡の地域で採掘される石灰石は、その輸送に伴う制約及び輸送費用と製品価格との関係等から、遠隔地に供給することは困難であり、また、同地域においてセメント製造業又は石灰石粉末製造業を営むためには、他の地域から石灰石の供給を受けることは困難であつて、同地域及び周辺で採掘された石灰石に依存せざるをえない状況にあること、しかるところ、田村郡の地域において採掘可能な石灰石の大部分は、原告(株式又は持分の過半を原告が所有している会社を含む。)及び住友セメントの所有する石灰石鉱区に埋蔵しており、その埋蔵量は、原告所有鉱区で八〇〇〇万トンないし一億三〇〇〇万トン程度、住友セメント所有鉱区で約四億トン弱であり、両社以外の者の所有鉱区では一〇〇〇万トン未満であると推定されること、田村郡の地域で操業しているセメント製造業者は住友セメント一社だけであり、同社はセメント製造用の石灰石を自山採掘によつて調達しているが、右のような原告及び住友セメントの各所有鉱区内の石灰石の品質及び埋蔵量からすれば、両社が採掘する石灰石は、石灰石粉末製造用のほかに、セメント製造用としても相当長期にわたり継続的に供給できる状態にあるものであり、田村郡の地域において両社に代わるべき供給業者は存在しないこと、以上の各事実を認定しているのであり、右認定は、前掲各証拠に照らし合理的なものとして首肯することができる。

右事実と、後記のとおり田村郡の地域に住友セメント以外のセメント製造業者が進出する可能性を否定することができないことを総合して判断すれば、田村郡で採掘される石灰石については、現在のところ石灰石粉末製造用として供給取引が行われているにとどまるものの、セメント製造用としても需給の対象となりうるものであり、原告及び住友セメントはその所有鉱量の点からこれに応じうる立場にあるといえるのであり、もし両社の石灰石の供給先が制限されるときは、田村郡の地域で右石灰石について成立しうべき右両用途からの需給関係全般に対して競争制限的影響を及ぼすことになるものと推認される。そうであるとすると、本件審決が、右事実から、田村郡の地域にはセメント製造業者に対する潜在的供給を含む石灰石供給の取引分野が存在すると認めたことに不合理はないというべきであり、その認定が実質的証拠を欠くものとすることはできない。

これに対し、原告は、右のような他のセメント製造業者に対する潜在的供給を含む取引分野の成立を肯定するためには、他のセメント製造業者の工場が田村郡に進出する具体的かつ切迫した可能性が存在すること、原告がセメント製造用として低価格かつ大量の石灰石を供給しうる大規模採掘設備を有していること及び住友セメントが他のセメント製造業者に対して石灰石を供給する意思と能力を有することの三点が必要であると主張する。

確かに、不当な取引制限によつて影響を受けるべき一定の取引分野における競争は、単なる観念上又は空想上のものであつてはならないが、取引制限の対象となる事業活動は、変動する会社的経済的情勢に対応して複雑に展開していくものであるから、将来の事態に備えて右事業活動につきあらかじめ一定の拘束を課することが、競争状態を生じる可能性を制約することになるかどうかは、当該拘束の内容・程度及び拘束の継続する期間等とも相関的に判断しなければならないのは当然である。別紙一記載の本件基本契約の定めによれば、原告が田村郡の地域で採掘した石灰石は他のセメント製造業者に供給してはならず、また、原告の所有鉱区を他のセメント製造業者に譲渡し又はこれに租鉱権を設定するなどして石灰石を採掘させてもならないというのであつて、要するに原告の石灰石が住友セメント以外の企業でセメント製造用に使用されることは全面的に禁止されており、かつ、その禁止の期間は昭和四二年九月一六日から三〇年という長期間(右期間経過後も田村地区の原告及びその系列会社の所有鉱区に鉱量の存する限り自動的に継続される。)に及ぶのであるから、かかる態様の拘束の下でなお競争状態成立の可能性が制約されることがないかどうかは、右拘束期間における将来の社会的経済的事情の変動の可能性をも考慮に入れて長期的に予測・展望するほかないのであり、この場合における「一定の取引分野」の成否も、このような長期的予測・展望の下で競争状態が成立しうる範囲を合理的に画定しなければならない。この見地からすれば、原告の前記主張は、住友セメント以外のセメント製造業者に対する石灰石の供給につき、主として現状を前提とした短期的見地に立つてその実現可能性を論じ、右供給についての取引分野が存在しないことをいうものであつて、右説示に照らし採用することができない。のみならず、他のセメント製造業者が田村郡に進出する可能性を否定しえないこと及び原告がセメント製造用の石灰石を供給することが不可能でないと認められることは、後に判示するとおりである。

3  原告は、本件審決がセメント製造業者に対する石灰石の供給と石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給とを単一の取引分野に属するとしたことは実質的証拠を欠くと主張する(請求原因二2(三))。

しかし、右主張が失当であることは、右2の説示から明らかである。石灰石供給の取引分野を判断するにあたり、単に当該石灰石の物理的又は化学的性質に基づく用途のみから論ずべきでないことは原告主張のとおりであるが、他方、原告の現在の採掘設備及び採掘方法が専ら石灰石粉末製造用の石灰石を採掘するためのものであることを考えると、右採掘設備及び採掘方法のみを前提として、原告所有鉱区の石灰石がセメント製造用として取引対象となりうるものであることを一切否定することも到底正当とはいいがたい。原告の主張は採用することができない。

四  相互拘束性について

原告は、本件審決が本件基本契約中の原告の石灰石供給及び鉱区処分を制限する条項に拘束力を認めたのは、契約の解釈を誤り、かつ、実質的証拠を欠くものであると主張する(請求原因二3)。

1  原告と住友セメントが昭和三二年三月二三日に別紙二記載のとおりの昭和三二年契約を締結したことは当事者間に争いがなく、同契約の内容は、田村郡大越地区における住友セメントと原告の共通の利益の確保を目的とするものであることを前文に掲げたうえ、〈1〉住友セメントは大越地区における原告の石灰石粉末等の製造業務の存続上必要な石灰石鉱区の確保につき原告に協力すること(一条一項)、〈2〉住友セメント及び原告は、自己の所有する田村郡山根村、同郡大越町、同郡滝根町地内の石灰石鉱区を相手方の同意なくして第三者に譲渡し又は抵当権若しくは租鉱権を設定する等の行為をしないこと(同条二項)、〈3〉住友セメントは、原告と協議のうえ大滝根石材株式会社所有の鉱区及び施設一切を買収し、買収後一年以内に原告にこれを譲渡すること(四条)、〈4〉住友セメントは、大越地区においては石灰石粉末等の製造業務を行わないこと(七条)、〈5〉住友セメントは、大越地区における原告の石灰石粉末等の製造業務の継続のために必要な石灰石の供給に関して善処すること(八条)、〈6〉右契約の存続期間は契約締結の日から二年とすること(一〇条)などを定めている。

右契約の〈2〉の条項につき、本件審決は、住友セメントにとつては田村郡の地域への同業者の進出を阻止する意味があり、原告にとつては右〈4〉の条項を補完する意味がある規定であると認定しているのに対し、原告は、同条項のうち原告の鉱区処分を制限した部分は意味があるが、住友セメントの鉱区処分を制限した部分は全く無意味なもので、拘束としての実質はなく、ただ契約当事者としての形式的対等を装うための飾り文句にすぎないと主張する。

本件審決が右認定の証拠として挙示する査第一八号証、第二一号証、第二五号証、第二七号証、第三〇号証及び参考人佐瀬四郎、同陶山陽一の審判における各陳述を総合すれば、昭和三一年ころ住友セメントは田村郡にセメント製造工場を建設する意向を有していたところ、第三者の設立した東亜セメント株式会社が同郡に進出するため原告の所有鉱区を買収しようとする動きをしたので、住友セメントはこれを阻止すべく、原告に対しては右東亜セメント株式会社に鉱区を処分しないよう要請したこと、これに対し、原告側から、田村郡の地域を合理的に開発するため、同郡内においては、住友セメントはセメント製造に専念し、原告は石灰石粉末の製造に当たるという事業分野を調整する基本的考え方を提案し、住友セメント側においてもこれを受け容れて原告の面倒をみることを約束したので、両社が協力して互いの権益を守るという趣旨で昭和三二年契約を締結したものであることが認められる。これによると、前記〈4〉の住友セメントは石灰石粉末製造業務を行わないとの条項は、石灰石粉末製造販売業を営む原告にとつて重要な意味を持つものであるが、もし住友セメントが自らは石灰石粉末製造業務を行わなくても、その所有鉱区を第三者に譲渡し又はこれに租鉱権を設定することによりその石灰石が他の石灰石粉末製造業者に供給されることになれば、右〈4〉の条項の実効性は著しく損なわれてしまうのであるから、前記〈2〉の条項で住友セメントの鉱区処分を制限したことは、右〈4〉の条項を補完するものとして重要な意味及び効力を持つものと認定することは何ら不合理ではない。同条項が単なる形式上の体裁にすぎず無意味なものであるかのようにいう査第二一号証中の記載及び参考人佐瀬四郎の審判における陳述はたやすく採用しがたいところである。

2  その後昭和三七年八月一日に原告と住友セメントが別紙三記載のとおりの昭和三七年契約を締結したことは当事者間に争いがなく、同契約の内容は、その前文に昭和三二年契約の前文と同じ目的を掲げたうえ、〈1〉住友セメントと原告は、互いに田村地区における相手方の事業(住友セメントはセメント製造、原告は石灰石の採掘販売及び石灰石の加工品製造販売)に必要な石灰石鉱区の確保につき協力すること(一条一項、二項)、〈2〉両社は、自己又は両社共同名義で田村地区に所有する石灰石鉱区を相手方の同意なくして第三者に譲渡し又は抵当権若しくは租鉱権を設定する等の行為をしないこと(同条三項)、〈3〉住友セメントは、その所有の釜山鉱山設備及び神俣タンカル工場を閉鎖し他に賃貸又は譲渡する場合には、その第一優先権が原告にあることを認めること(五条一項)、〈4〉住友セメントは、田村地区において、原告の承諾なくしてセメント製造以外の製造業務及び原告の同業者に対する石灰石供給を行わないこと(六条一項)、〈5〉原告は、田村地区において、住友セメントの承諾なくしてセメント製造業務及び住友セメントの同業者に対する石灰石の供給を行わないこと(同条二項)、〈6〉住友セメントは、その所有の水晶山、早稲川地区の鉱区内において原告が年間五万トンの石灰石を採掘使用することを認めること(七条)、〈7〉右契約の存続期間は契約締結の日から五年とすること(九条)などを定めている。

右契約の〈2〉の条項中原告の鉱区処分を制限した部分及び〈5〉の条項につき、本件審決は、住友セメントと原告がそれぞれの事業分野を定めることの一環としての意味及びこれを補完するものとしての意味を持つ規定であると認定しているのに対し、原告は、当時田村郡には住友セメント以外のセメント製造業者は存在せず、他のセメント製造業者が進出する可能性もなかつたし、また、原告の小規模採掘設備では数量的にも価格的・採算的にもセメント原料となる石灰石を供給することは不可能であつたから、右各条項は全く無意味なもので、拘束としての実質はなく、ただ契約当事者としての形式的対等を装う飾り文句にすぎないと主張する。

本件審決が右認定の証拠として挙示する査第二二号証、第二三号証、第三〇号証及び参考人佐瀬四郎、同陶山陽一の審判における各陳述を総合すれば、昭和三二年契約が期間満了により終了した後、住友セメントは田村郡にセメント製造工場を新設することを決定したが、同工場で使用する石灰石を採掘、運搬するなどのために原告所有鉱区内の土地を一部使用する必要が生じたので、それにつき原告に対して協力を求めたこと、そこで、両社は協議の結果、原告が住友セメントの右土地使用を認めるとともに、それにより自らの石灰石採掘ができなくなることの代償として埋蔵量約八〇〇〇トンないし九〇〇〇トンを有する釜山鉱山鉱区を住友セメントから原告が譲り受けることとしたほか、昭和三二年契約について前述したのと同様に、田村郡における石灰石を原料とする事業分野を両社間で二分し、住友セメントはセメント製造に、原告は石灰石粉末製造にそれぞれ専念することとしたこと、その際、原告は、住友セメントがその所有鉱区を系列会社等に譲渡して石灰石を採掘させ石灰石粉末製造を行わせるなどの迂回的方法により原告の利益を損なう行為に出るのを防ぐため、住友セメントの所有鉱区の処分を制限することを求め、他方、住友セメントは、そのころ原告が大船渡にある石灰石鉱区を取得したことなどから、原告が他のセメント製造業者と提携することを警戒して、これを抑さえておこうとし、このような双方の意向を容れて昭和三七年契約が締結されたものであることを認めることができる。右契約の当時田村郡に住友セメント以外のセメント製造業者が進出してくる具体的な動きがあつたわけでないことは、査第二九号証、第三〇号証からも明らかであるが、住友セメント側で右のように原告の他のセメント製造業者との提携を抑えておこうとしたのは、要するに、原告が住友セメントとの協力関係を絶つて他のセメント製造業者と提携することにでもなればその業者の進出する可能性もあると懸念し、将来ともそのような事態が起こらないように備えておこうとしたものであると考えられ、当時右進出の可能性が存在したことを示すものというべきである。また、原告の現有の採掘設備では低価格かつ大量の石灰石をセメント原料として供給することが困難であるとしても、採掘設備や採掘方法をセメント原料用の採掘にふさわしいように改める余地がないわけではないうえ、例えば原告の所有鉱区を他のセメント製造業者に譲渡し又はこれに租鉱権を設定して採掘させるという方法で石灰石の供給を行うことも十分可能である(なお、査第八号証、第二四号証及び参考人佐瀬四郎の審判における陳述によれば、原告は、その所有の石ノ倉鉱山及び真弓鉱山で採掘した石灰石をセメント製造用として毎月三〇〇〇トンから五〇〇〇トン程度日立セメント株式会社に継続的に供給していること及び大船渡にある所有鉱区では小野田セメント株式会社にセメント製造用石灰石を採掘させていることが認められる。)。

これらの事実から考えると、前記〈2〉及び〈4〉の原告に対する制限条項が前述した事業分野の調整の一環及びこれを補完するものとして意味を持つ規定であると認定することは何ら不合理ではない。この点に関し、原告は、原告が田村郡でセメント製造業を行う可能性はなかつたから、右事業分野の調整は無意味であると主張するが、積極的な競業をすることはできなくても、互いに相手方の専念する事業に不利益となる行為をしないという趣旨で事業分野を定めることは実益のないことではない。原告に対する右制限条項が単なるバランスを保つだけの規定あるいは無意味、無効な規定であるかのようにいう査第三〇号証中の記載及び参考人佐瀬四郎の審判における陳述はたやすく採用することができない。

3  原告と住友セメントが昭和四二年九月一六日に別紙一記載のとおりの本件基本契約を締結したことは当事者間に争いがなく、同契約の内容は、田村地区における住友セメントと原告の相互の利益を確保し、相互の事業を尊重し、かつ相互に協力することを目的とするものであることを掲げたうえ(一条)、〈1〉両社は相互に相手方の事業に必要な田村地区の石灰石鉱業権の確保について協力すること(三条)、〈2〉両社(それぞれ系列会社をふくむ。)は田村地区に保有する石灰石鉱業権を第三者に譲渡し、担保に供し、租鉱権を設定し、放棄、消滅その他の処分を行わないこと(四条)、〈3〉住友セメント(系列会社を含む。)は、田村地区で採掘し又は取得した石灰石をもつてセメントを製造販売する以外には石灰石を加工し又は販売しないこと(六条)、〈4〉原告(系列会社を含む。)は、住友セメントの同意なしに、田村地区で採掘し又は取得した石灰石をもつてセメント製造業者に対する石灰石の供給及びセメントの製造販売を行わないこと(七条)、〈5〉住友セメントは、九条所定の期間原告が石灰石粉末の製造に必要とする石灰石を原告に供給すること(九条)、〈6〉住友セメント又は原告が右〈2〉〈3〉〈4〉〈5〉の条項のいずれかに違反したときは別に定める違約金を支払うこと(一四条)、〈7〉右契約の存続期間は昭和四二年九月一六日から三〇年間とし、田村地区の原告及びその系列会社所有の石灰石鉱区に鉱量のある限り自動的に更新して継続するものとすること(一九条)などを定めている。

右契約の〈2〉の条項中原告の鉱区処分を制限した部分及び〈4〉の条項につき、本件審決は、住友セメントと原告が昭和三二年契約及び昭和三七年契約の前記事業分野調整の考え方を引き継ぎ、それぞれが専念する分野において独占的地位を獲得、維持することを目的としたもので、右〈2〉の条項中住友セメントの鉱区処分を制限した部分及び前記〈3〉の条項と対応する相互拘束の規定であると認定しているのに対し、原告は、昭和三七年契約について先に主張したところと同様の理由により、実質的に無意味な規定であり、その文言どおりの拘束力を発生させる趣旨のものではなかつたと主張する。

本件審決が右認定の証拠として挙示する査第六号証、第一一ないし第一四号証、第一六号証、第一九号証、第二三号証、第二八号証、第二九号証、第三五号証、参考人佐瀬四郎、陶山陽一の審判における各陳述に審第二四ないし第三〇号証を総合すれば、住友セメントは、昭和三七年契約の際の約束に基づき、昭和四二年一月に釜山鉱山鉱区を所有する会社の株式を原告に移転するという形で同鉱区を原告に譲渡したが、同年四月中旬に地元の田村郡滝根町等との間の従来のいきさつから右鉱区を滝根町及びその関係会社に譲渡する契約を締結したこと、当時、住友セメントは、滝根町及びその関係会社から石灰石及び粘土を採掘する土地を取得する必要を生じており、そのためには滝根町等に対する釜山鉱山鉱区の譲渡契約を是非履行しなければならなかつたので、原告に対して、同鉱区を原告が採掘せず一時滝根町等との共同鉱区とすることなどについて協力を求めたこと、住友セメントと原告は協議の結果、原告が住友セメントの右申入れを応諾し、右鉱区で採掘できなくなる代償として、住友セメントから必要な石灰石の供給を受けることとしたほか、昭和三七年契約で定めた前記事業分野の調整並びにそのための石灰石供給及び鉱区処分の各制限を同契約と同じ趣旨で更に継続させることとし、右各制限に違反した場合には違約金(石灰石供給制限に違反したときは一トンにつき一〇〇〇円、鉱区処分制限に違反したときは違反状態解消まで一日二〇万円)を科することとしたこと、そのころ田村郡に住友セメント以外のセメント製造業者が進出してくることは予想されていなかつたが、住友セメント側としては、原告の鉱区処分等を制限しておけば将来とも右同業者の進出を防ぐことができるし、また、原告の鉱区の開発やセメント市況の変動があつた場合でも原告の石灰石が他のセメント製造業者に供給されないようにしておくことは同社にとつて有利性があるという判断であつたこと、そこで、両社は、本件基本契約を締結したうえ、関連の契約として、釜山鉱山鉱区を滝根町等との四者共同鉱区とし、これに同町関係会社の租鉱権を設定することを認めることなどを内容とした諸契約を締結し、昭和三七年契約を失効させたものであることが認められる。そして、右契約締結当時において他のセメント製造業者進出の可能性及び原告のセメント製造用石灰石供給の可能性を否定することができなかつたことについては前記2及び後記五で判示するとおりである。

右認定事実と前記1、2で判示したところを総合して考察すれば、昭和三二年契約、昭和三七年契約及び本件基本契約は、それぞれその時の必要に応じ独自の契約条項を定めているものの、昭和三二年契約で取り入れられた事業分野調整の基本的な考え方は、昭和三七年契約を経て本件基本契約にも一貫して維持されているのであり、特に本件基本契約においては、石灰石供給及び鉱区処分の制限違反に対する違約金が新たに定められ、かつ、契約の存続期間が三〇年と長期化されたことにより、将来にわたつて長期的に一定の供給体制を維持しようとする趣旨が明らかになつているものということができる。この点において、前記〈2〉及び〈4〉の原告に対する制限条項は、右〈2〉及び前記〈3〉の住友セメントに対する制限条項と相まつて、住友セメントと原告が右事業分野の調整により田村郡においてそれぞれの専念する分野につき独占的地位を確保、維持するための相互拘束の一環として重要な意味と効力を有するものであると認めることは何ら不合理ではない。同条項が実際に起こらないことを対象とした規定で全く拘束力を有しないものであるかのようにいう参考人佐瀬四郎の審判における陳述はたやすく採用しがたいところである。

4  以上を要するに、本件審決が、前掲各証拠により、本件基本契約中の原告の石灰石供給及び鉱区処分を制限した条項に効力を認めて相互拘束を認定したことは、契約の解釈を誤つたものとはいえず、その認定が実質的証拠を欠くとすることもできない。

五  競争の実質的制限について

原告は、田村郡の地域に住友セメント以外のセメント製造業者が進出する可能性は皆無であり、競争状態が生じないから、本件基本契約の相互拘束条項によつて競争が実質的に制限されるとした本件審決の認定は実質的証拠を欠くと主張する(請求原因二4)。

1  既に判示したとおり、事業活動に対する拘束によつて競争状態が生じる可能性が制約されることになるかどうかは、当該拘束の内容・程度やその拘束期間等を考慮して判断すべきであり、原告の主張するように他の事業者が新規に参入する可能性が高く、かつ切迫しているという場合でなければ競争阻害性がないというように狭く考えるべきではない。

ところで、査第二九号証、第三〇号証の記載及び参考人佐瀬四郎、同陶山陽一の審判における各陳述中には、昭和三七年当時も昭和四二年当時も住友セメント以外のセメント製造業者が田村郡の地域に進出する可能性はなかつたとする部分があり、また、審第二二号証の一、参考人浅田弘太郎、同佐田正至の審判における各陳述によれば、原告は、本件審判手続が開始された後である昭和五六年一一月、小野田セメント株式会社の関連会社でセメント関係専門のコンサルタントを業とする小野田エンジニアリング株式会社に対し、昭和四二年一月及び同五六年一月の両時期に田村郡の地域に住友セメント以外のセメント製造業者が原告の石灰石鉱山の石灰石を主原料としてセメント製造工場を新設する可能性の有無について調査を依頼したところ、これに対して昭和五七年二月に回答された調査結果は、その結論部分を要約すれば、おおむね次のとおりであること、すなわち、まず昭和四二年当時に関しては、セメント製品の適正な売値と販売量の維持が達成できれば新工場の建設は採算がとれるが、当時のセメント製造業界の動向として、工場新設よりも既存工場内でのスクラツプ・アンド・ビルドのほうが効率的であるとされており、現地の輸送事情もよくなく、また、販売市場が狭く他社との過当競争になるおそれがあつて適正な売値と販売量の維持が難しいと考えられることなどの諸点から、投資対象としての新工場の建設計画は否定されたであろうというものであること、また、昭和五六年当時に関しては、諸物価高騰による建設コストの上昇に対してセメント価格が低いため、昭和四二年当時と違つて採算性そのものが全く悪く、その点だけでも新工場の建設計画は実施するに値しないというものであることが認められる。

以上は、昭和三七年当時、昭和四二年当時及び昭和五六年当時のセメント業界の諸情勢等に基づく専門家の判断として尊重されるべきではあるが、これを仔細に検討すれば、本件基本契約が存続するものと予定されている全期間(昭和四二年九月一六日から三〇年間と更に田村地区の原告及びその系列会社所有の石灰石鉱区に鉱量のある限り自動的に更新されて継続する期間)を通じた長期的展望に立つて、田村郡を含む一帯の地域におけるセメントの需要増大の可能性の有無、輸送事情好転の可能性の有無、工場建設技術及び石灰石採掘技術等の技術革新の可能性の有無、セメント市況の好転の可能性の有無、原告及び住友セメントの経営状態の変化の可能性の有無等を予測・検討したうえで、田村郡の地域に住友セメント以外のセメント製造業者が進出することはありえないとの結論を導いているわけではない。長期的にみれば、企業の採算や販売は景気の動向や市況の推移によつて変わるものであるし、輸送事情も好転する可能性があり、その他右に指摘した諸要因が変動する可能性を否定することはできないから、本件基本契約の存続期間中にこれらの諸要因の変動に応じて新工場の進出が計画されることがないと軽々に予測することはできない。事業活動の特質に照らせば、短期的にはともかく、長期間にわたる今後の事態については、精々のところ新工場の進出が計画されるか否か現段階においては不明であるという程度にとどまらざるをえないというべきである。このように、右新工場の進出が現段階では当面具体化しないとしても、その可能性を否定しえない以上、それが具体化する場合に備えて、あらかじめこれを阻止する対策を講じておくことは、競争状態成立の可能性を制約することにほかならないのである。

本件審決は、右と同旨の見地に立つて、本件相互拘束条項の競争阻害性を認めているのであつて、右認定は不合理ではなく、実質的証拠を欠くということはできない。

2  次に、昭和五九年五月二日セメント製造業が産構法の特定産業に指定され、その後原告主張のとおりの内容の通商産業大臣による構造改善基本計画の決定及び共同行為の指示がなされ、これに基づく対策が実施されていることは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、セメント製造業は、内外の経済的事情の著しい変化により、過剰設備の発生、収益の著しい悪化等の構造的な困難に陥つたため、昭和五九年以降、生産設備の廃棄、生産設備の新設・増設の禁止及び事業の共同化等の総合的構造改善対策を講じていることは明らかであるが、産構法は昭和六三年六月三〇日までに廃止にするものであつて(同法付則二条)、その後の事業活動には同法の制限が及ばないものであり、また、右の諸対策は構造的な不況を克服するために実施されているものであることから考えると、セメント製造業について産構法に基づく構造改善対策が行われているとの一事により、直ちに、本件基本契約の存続期間中に田村郡の地域に他のセメント製造業者が進出する可能性が皆無になつたもの、すなわち競争状態成立の可能性が客観的に消滅したものであると断ずることはできないというべきである。したがつて、産構法関係の右一連の経過事実につき更にその内容が明らかにされても、本件相互拘束条項の競争阻害性を認めた本件審決の認定を動かすに足りるものとは認められず、原告が本訴において申し出た証拠は、これを取り調べる必要がないものというべきである。

3  右のとおりであるから、原告の指摘する前記調査結果及び産構法に基づく特定産業の指定に関する事実を斟酌しても、なお、本件基本契約が競争を実質的に制限するものであることを否定することはできず、この点に関する本件審決の認定が実質的証拠を欠くものとはいえない。

六  公共の利益に反しないとの主張について

原告は、本件基本契約を締結し履行することは何ら公共の利益に反するものではないと主張する(請求原因二5)。

独禁法二条六項にいう「公共の利益に反して」とは、同法の立法の趣旨・目的及びその改正の経過などに照らすと、原則としては同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを指すが、現に行われた行為が形式的に右に該当する場合であつても、右法益と当該行為によつて守られる利益とを比較衡量して、「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という同法の究極の目的に実質的に反しないと認められる例外的な場合を右規定にいう「不当な取引制限」行為から除外する趣旨と解されるところ、既に判示したところからすれば、本件基本契約の相互拘束条項が田村郡の地域における石灰石取引の自由競争経済秩序に反するものであることは明らかである。また、原告が主張するように、仮に本件基本契約の締結が原告及び住友セメントにとつてはそれぞれ経済的に必要又は合理的なものであり、同契約の相互拘束条項を排除することにより両社間の経済的利害に不均衡が生じることになるとしても、あるいはまた、住友セメントが右契約に違反して原告以外の石灰石粉末製造業者に対し石灰石の供給を行つている事実があるとしても、それらはいずれも原告と住友セメントとの間の取引上の問題として処理されるべき事柄であつて、もとより自由競争経済秩序の犠牲において保護されるべき利益となりうるものではない。なお、原告は、住友セメントが本件基本契約締結当時には石灰石の供給を行つていなかつたと主張するが、前記一2で引用した本件審決挙示の証拠によれば、住友セメントは、右契約以前から原告に対し、昭和三二年契約に基づいて反復継続的に石灰石を供給していたことが認められる。

してみると、本件相互拘束条項による拘束が独禁法二条六項にいう公共の利益に反しないものであるとは到底認められず、本件審決がその排除を命じたことをもつて、契約自由の原則に違反し、同法の解釈を誤り、同法を濫用したものであるとすることはできない。

七  以上の次第で、原告が本件審決の取消事由として主張するところはすべて理由がないから、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣學 村岡二郎 佐藤繁 塩谷雄 佐藤康)

別紙一

基本契約書

住友セメント株式会社(以下甲という)と旭砿末資料合資会社(以下乙という)との間に次の通り契約する。

第一条 この契約は福島県田村郡内(以下田村地区という)における甲、乙相互の利益を確保し、相互の事業を尊重し且つ相互に協力することを目的とする。

第二条 この契約で甲又は乙の系列会社とあるのは、甲又は乙がその株式又は持分の半数以上を保有する会社をいう。

第三条 甲、乙は相互に相手方の事業に必要な田村地区の石灰石鉱業権(出願中のものを含む、以下同じ)の確保について協力する。

第四条 甲(甲の系列会社を含む)及び乙(乙の系列会社を含む)は単独又は共同(第三者との共同を含む)で田村地区に保有する石灰石鉱業権を第三者に譲渡し、担保に供し、租鉱権を設定し、放棄、消滅等その他の処分を行なつてはならない。但し甲又は乙が国又は国の出資にかゝる金融機関から融資を受けるためその債務の担保に供するときはこの限りでない。

第五条 田村地区に保有する甲、乙両者の共同鉱区は鉱業権の代表者のみが採掘取得するものとする。

第六条 甲(甲の系列会社を含む)は乙に対し、田村地区で採掘し又は取得した石灰石を以てセメントを製造販売すること以外には石灰石を加工し又は販売しないことを約する。但し次の場合はこの限りでない。

1 乙の同業者に石灰石が流れないことを条件として乙の同業者でなく且つ乙の取引上の顧客でない大口需要家に対して毎月二万屯以上の石灰石を継続して供給する場合

2 乙の指定する条件に従つて滝根町に供給する場合

3 地元自治体の行う公共土木工事用に供給する場合

4 その他乙の同意を得た場合

第七条 乙(乙の系列会社を含む)は甲に対し、田村地区で採掘し又は取得した石灰石を以て甲の同意なしに次の業務を行わないことを約する。

1 セメント業者に対する石灰石の供給

2 セメントの製造販売、但し乙が第八条の規定により甲より供給をうけたセメント又はセメント・クリンカーを原料として左官用セメント・プラスターを製造し、加工し若しくは販売することはこの限りでない。

第八条 甲は乙に対し左官用セメント・プラスターの原料としてセメント及びセメント・クリンカーを供給することを約する。供給条件は甲、乙別途協議する。

乙は供給を受けたセメント又はセメント・クリンカーを左官用セメント・プラスターの製造原料としてのみ使用するものとし且つ左官用セメント・プラスターの成分、生産販売計画等については予め甲に通知するものとする。

第九条 甲は乙に対し田村石灰石開発株式会社(以下田村開発という)の鉱区内のすべての租鉱権が消滅し、田村開発がその鉱区内の菅谷神社及び牧野組合の所有地につき地上権を登記取得して自ら採掘し得るに至るまでの間、乙(乙の系列会社を含む)が田村地区内において石灰石粉末(石粒を含む、以下同じ)を製造するために必要とする規格及び数量の石灰石を供給することを約する。

第一〇条 甲は田村地区において乙に提供した甲の旧四倉庫工場石炭ミル及び砕石機械の運転操業等に関し乙の要請のあつた場合には技術上の指導を行い、破損故障等の場合には甲の事業上支障のない限り実費を以て補修することを約する。

第一一条 本契約及びこれに関連する諸とりきめに関し、乙(乙の系列会社を含む)と滝根町又は地元民などとの間に紛争を生じたときは、甲は甲の責任において調停することを約する。但し乙(乙の系列会社を含む)の操業に伴う公害問題についてはこの限りでない。

第一二条 甲は乙に対し乙が白山牧野組合鉱業権問題について提起した行政訴訟について協力し弁護士の報酬その他訴訟費用を分担する。

第一三条 甲は乙より申込あるときは田村地区において乙(乙の系列会社を含む)が採掘したジヤミを甲の鉱区より採掘した白色石灰石と等量で交換することを約する。交換の方法は甲の指定する処とする。

第一四条 甲又は乙がこの契約第四条、第六条、第七条又は第九条の何れかに違反したときは別に定める処に従い相手方に対し違約金を支払うものとする。

第一五条 乙より甲に対し石灰石粉末の製造原料として甲の鉱区から年間五万屯を限り白色石灰石を供給することを要請したときは甲の事業に支障のない範囲でこれに協力することあるものとする。

供給条件は甲、乙別途協議する。

第一六条 この契約は遅滞なく公正証書を作成するものとする。

第一七条 この契約の履行について必要あるときは甲、乙協議の上綱目を定めることができる。

第一八条 甲、乙がこの契約及び下記諸契約を締結したときは昭和三七年八月一日付甲、乙間に締結した契約書、覚書、協定書及び申合書はすべて消滅したものとする。

1 基本契約付帯覚書

2 採石会社に関する契約書

3 四者共同鉱区設定に関する契約書

4 鉱区使用協定書

5 神俣タンカル製造設備等譲渡契約書

6 金銭消費貸借契約書

7 田村石灰石開発株式会社株式譲渡契約書

8 福島石灰株式会社株式譲渡契約書

第一九条 この契約の存続期間は昭和四二年九月一六日から三〇カ年間とする。但し田村地区の乙及び乙系列会社所有の石灰石鉱区に鉱量のある限り自動的に更新して継続するものとする。

この契約の成立を証するため本書二通を作成し、甲、乙記名捺印の上各その一通を保有する。

昭和四二年九月一六日

東京都台東区東上野五丁目二番二号

甲 住友セメント株式会社

代表取締役社長 斎藤次郎

東京都台東区上野桜木町一丁目一三番二号

乙 旭砿末資料合資会社

代表社員    佐瀬辰三

別紙二

契約書

磐城セメント株式会社(以下甲という)と旭砿末資料合資会社(以下乙という)とは福島県大越地区に於ける両者の共通の利益の確保を目的として左の契約を締結した

第一条 甲は大越地区に於ける乙の石灰石粉末等の製造業務の存続上必要な石灰石鉱区の確保につき乙に協力する

甲、乙両者は自己の所有する末尾記載の第一目録及び第二目録の石灰石採掘出願鉱区及び登録鉱区を当事者の一方の同意無くして第三者へ譲渡し又は抵当権若しくは租鉱権を設定する等の行為を行わないことを約する

第二条 前条の目的を達するため甲、乙両者は末尾記載の第一目録の鉱区の出願人及び鉱業権者の名義を変更して甲、乙両者の共同名義とすることに同意する

但し右鉱区の内二六仙通産鉱採第一二四号の掘採は従来通り乙のみがこれを行うものとする

第三条 前条の共同鉱業出願人及び共同鉱業権者の代表者は末尾記載の通りとする

第四条 甲は乙と協議の上大滝根石材株式会社所有の鉱区及び施設一切を買収し、買収后一年以内に乙へ買収価格を以て譲渡するものとする

乙より甲への譲受代金の支払方法等については甲、乙別途協議する

第五条 甲が大滝根石材株式会社所有の鉱区を取得したときは甲、乙両者の共同名義とする

この場合に於いて共同鉱業出願人の代表者は甲とする

乙が右鉱区を掘採しようとするときは甲の同意を得るものとする

右鉱区が乙の所有となつたときは鉱業出願人は乙の単独名義とする

第六条 前四条の鉱業権の設定の出願が許可されたときは各々の共同鉱業出願人の代表者を以て共同鉱業権者の代表者とする

第七条 甲は大越地区に於いては石灰石粉末等の製造業務を行わない

第八条 大越地区に於ける乙の石灰石粉末等の製造業務の継続のために必要な石灰石の供給に関し甲は善処する、その方法については甲乙別途協議する

第九条 大越地区に於ける甲、乙両者の利益が第三者によつて侵害される虞が消滅したものと甲、乙両者が認めるに至つたときは末尾記載の鉱区は夫々の代表者の単独所有に移すものとする

第十条 本契約の存続期間は契約締結の日より二年とする

但し必要あるときは本契約満了前一月前迄に甲、乙両者協議の上期間を延長するものとする

右契約の成立を証するため本証弐通を作成し甲、乙各壱通を保有するものとする

昭和参拾弐年参月弐拾参日

栃木県安蘇郡葛生町大字葛生七一五番地

甲 磐城セメント株式会社

取締役社長 斎藤次郎

東京都台東区上野桜木町一五番地

乙 旭砿末資料合資会社

代表社員  佐瀬辰三

第一目録

一 採取鉱区の所在地          福島県田村郡山根村大越町地内

採掘権の登録番号            福島県採掘権登録第八〇三号

鉱権名                 石灰石

鉱山名                 水晶山鉱山

現鉱業権者               磐城セメント株式会社

共同名義へ変更后に於ける鉱業権者代表者 磐城セメント株式会社

二 出願区域の所在地          福島県田村郡滝根町大越町地内

出願受付番号              二六仙通産鉱採第一二四号

鉱権名                 石灰石

現出願人名               旭砿末資料合資会社

出願人名義へ変更后に於ける出願人代表者 旭砿末資料合資会社

第二目録

一 採掘鉱区の所在地          福島県田村郡山根村

採掘権の登録番号            福島県採掘権登録第六一九号

鉱権名                 石灰石

鉱山名                 早稲川鉱山

現鉱業権者               磐城セメント株式会社

共同名義へ変更后に於ける鉱業権者代表者 磐城セメント株式会社

二 出願区域の所在地          福島県田村郡山根村大越町地内

出願受付番号              二六仙通産鉱採第一二五号

鉱権名                 石灰石

現出願人名               旭砿末資料合資会社

出願人名義へ変更后に於ける出願代表者  旭砿末資料合資会社

別紙三

契約書

磐城セメント株式会社(以下甲という)と旭砿末資料合資会社(以下乙という)とは福島県田村郡田村地区(滝根町・大越町・常葉町以下田村地区と称す)に於ける両者の共通の利益の確保を目的として左の契約を締結した。

第一条 甲は田村地区に於ける乙の事業(石灰石の採掘販売並びに石灰石の加工品製造販売等)に必要な石灰石鉱区の確保につき乙に協力する。

乙は田村地区に於ける甲のセメント製造に必要なる石灰石鉱区の確保につき甲に協力する。

甲・乙両者は自己又は甲乙共同名義で田村地区に所有する石灰石採掘出願鉱区及び登録鉱区を当事者の一方の同意無くして第三者へ譲渡し又は抵当権若しくは租鉱権を設定する等の行為を行わないことを約する。

但し甲乙両者の事業に支障無き業種の第三者に抵当権若しくは租鉱権を設定するときは甲乙協議の上之れをなすものとする。

尚共同鉱区については代表者のみが使用並びに採鉱するものとする。

第二条 甲又は甲の関係会社が大越町地区にセメント工場を建設するに当りセメント工場用石灰石の採鉱のために必要あるときは乙は乙の事業に支障無き限り乙の鉱区の一部を甲が使用する事を承諾する。

使用区域及び其の条件については別途協定書による。

第三条 甲は乙と協議の上大滝根石材株式会社所有の鉱区及び施設一切を五年以内に買収し、買収后一年以内に乙が妥当と認める価格を以て乙に譲渡するものとする。

乙より甲への譲受代金の支払方法等については甲・乙別途協議する。

第四条 甲は白山牧野組合の鉱業権を取得し、鉱業権は無償で乙の単独名に移す事を前提とするも当分の間(取得後五年間)甲乙共同名義とする。

右鉱業権の設定される土地に関しては甲が取得し、乙の必要とする区域を賃貸又は譲渡する。

但し右鉱区内に於いて甲の事業上必要なるとき、乙は乙の事業に支障無き限り甲の使用を認めるものとする。

山口牧野組合の土地の取得については乙に於いて之を行い、甲の必要とする土地は乙の事業に支障なき限り譲渡する事を条件として資金を甲より乙に融資する。

第五条 甲は甲所有の釜山鉱山設備及び神俣タンカル工場を閉鎖し他に賃貸又は譲渡する場合は此の第一優先権は乙にある事を認めるものとする。

但し甲が必要とする滝根町有地及び菅谷早稲川牧野組合所有地確保のための条件として、滝根町より同鉱山設備及び神俣タンカル工場と滝根町有地及び菅谷早稲川牧野組合所有地との交換を求められ、甲が之れに応ぜざるを得なくなつたときは、甲は乙のために左の条件を滝根町に承認せしめるものとする。

一 滝根町に提供する鉱業権については乙名義を共同加入させること。

二 神俣タンカル工場の運営については滝根町及び乙の共同経営とすること。

第六条 甲は田村地区に於いては乙の承諾なくして左の業務を行はない。

一 セメント製造以外の製造業務。

二 乙の同業者に対する石灰石の供給。

但し乙の同業者に流れないことを条件とする大口需要者に石灰石を供給する場合は此の限りにあらず。

乙は田村地区に於いては甲の承諾なくして左の業務を行はない。

一 セメント製造業務

二 甲の同業者に対する石灰石の供給

第七条 甲は甲の所有する水晶山、早稲川地区の鉱区内に於いて年間五万屯に限り乙が採掘使用する事を認める。この細目については別途覚書による。

第八条 田村地区に於ける甲、乙両者の利益が第三者によつて侵害される怖れが消滅したものと甲、乙両者が認めるに至つたときは鉱区は夫々の代表者の単独所有に移すものとする。

第九条 本契約の存続期間は契約締結の日より五年とする。

但し期間後と雖も甲乙の事業の継続中は自動的に更新するものとする。

第十条 本契約書は之れを公正証書とする。

右契約の成立を証するため本書弐通を作成し甲、乙各壱通を保有するものとする。

昭和三十七年八月一日

栃木県安蘇郡葛生町大字葛生七一五番地

甲 磐城セメント株式会社

取締役社長     斎藤次郎

東京都台東区上野桜木町十五番地

乙 旭砿末資料合資会社

代表社員      佐瀬辰三

昭和五五年(判)第三号

審決

東京都台東区上野桜木一丁目一三番二号

被審人 旭砿末資料合資会社

右代表者 代表社員 佐瀬辰三

右代理人 弁護士  若林信夫

同 同       古曳正夫

公正取引委員会は、右被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反事件について、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(以下「規則」という。)第六六条の規定により審判官川井克倭から提出された事件記録並びに規則第六八条の規定により被審人から提出された異議の申立書及び規則第六八条の三の規定により被審人から聴取した陳述に基づいて、同審判官から提出された審決案を調査し、次のとおり審決する。

主文

一 被審人旭砿末資料合資会社は、昭和四二年九月一六日に住友セメント株式会社との間で締結した基本契約と称する契約のうち、石灰石鉱業権の処分の相手方及び石灰石供給の相手方を制限する規定を削除しなければならない。

二 被審人は、前項に基づいて採つた措置を、住友セメント株式会社及び福島県田村郡の地域に工場を有する石灰石粉末製造業者に通知しなければならない。この通知の方法については、あらかじめ、当委員会の承認を受けなければならない。

三 被審人は、前二項に基づいて採つた措置を速やかに当委員会に報告しなければならない。

理由

第一事実

一(一) 被審人は、肩書地に本店を置き、重質炭酸カルシウム及び石粒(石灰石を数ミリメートル以下に粉砕したもの。以下「石灰石粉末」という。)の製造販売業を営むとともに、福島県田村郡(以下「田村郡」という。)の地域で石灰石を採掘し、供給する者である。

(二) 後記契約の相手方である住友セメント株式会社(以下「住友セメント」という。)は、セメントの製造販売業を営むとともに、田村郡の地域で石灰石を採掘し、供給する者である。

なお、住友セメントは、セメントの製造販売業を営んでいた磐城セメント株式会社(以下「磐城セメント」という。)が、昭和三八年一〇月、商号を変更したものである。

(三) 田村郡は、阿武隈山地の中西部に位置しており、平地が少なく、同郡にある鉄道は、同郡の中央部を南北に縦貫する日本国有鉄道磐越東線のみであり、また、同郡内から同郡外へ通じる主要な道路は、同郡のほぼ中央を南北に縦貫する国道三四九号線、同郡の北部を東西に横断する国道二八八号線及び前記鉄道沿いの県道二二号線の三線である。

(四) 田村郡の地域で採掘される石灰石のほとんどすべては、白色度の高い結晶質石灰石であつて、主として、セメント及び石灰石粉末の原料として用いられている。

また、田村郡の地域に埋蔵する前記白色度の高い石灰石の鉱量は、静岡県以東の地域に埋蔵する同種の石灰石の鉱量のうち、最大のものである。

(五) 田村郡の地域において採掘可能な石灰石のほとんどすべては、被審人(株式又は持分の過半が同社によつて所有されている会社を含む。)及び住友セメントの所有する石灰石鉱区に埋蔵している。

(六) 田村郡の地域で採掘される石灰石は、その輸送に伴う制約及びその輸送費用と製品価格との関係で、遠隔地へ供給することは困難であり、また、同地域においてセメント又は石灰石粉末製造業を営むには、他の地域から石灰石の供給を受けることは困難であつて、すべて同地域及びその周辺で採掘される石灰石に依存せざるを得ない状況にある。

二(一) 昭和三一年ころ、他の事業者が田村郡の地域にセメント製造工場を建設する計画を立て、同地域に所在する石灰石鉱区を買収しようとする動きがあつた。そこで磐城セメントとしては、同業者の同地域への進出を阻止するため、また、被審人としては、事業の存続上必要な石灰石鉱区を確保するため、昭和三二年三月二三日、両社間で、田村郡大越町及び常葉町(旧山根村)の地区における両社それぞれの石灰石採掘出願鉱区及び登録鉱区について、相手方の同意を得ることなく、第三者に対し、これら鉱区を譲渡し又は同鉱区に抵当権若しくは租鉱権を設定する等の行為をしないこと及び磐城セメントは、前記地区においては石灰石粉末等の製造業務を行わないことを含む契約を締結した。

(二) 右契約は、昭和三六年三月に期間満了となつたが、その後、磐城セメントとしては、セメント製造工場の新設に伴い、同工場で使用する原料石灰石を採掘し、運搬するために被審人の所有地を使用する必要が生じ被審人に協力を求めた。そこで、両社は協議した結果、昭和三七年八月一日、田村郡大越町、滝根町及び常葉町の地区における両社それぞれの石灰石採掘出願鉱区及び登録鉱区について、相手方の同意を得ることなく、第三者に対し、これら鉱区を譲渡し又は同鉱区に抵当権若しくは租鉱権を設定する等の行為をしないこと、磐城セメントは、前記地区において、被審人の承諾なしに、セメント製造以外の製造業務を行わず、被審人は、磐城セメントの承諾なしに、セメント製造業務を行わないこと及び両社は、同地区において、相手方の承諾なしに、それぞれ、相手方の同業者に石灰石を供給しないことを含む契約を締結した。

(三) その後、住友セメントとしては、同社田村工場で使用する石灰石及び粘土の採掘のために必要な第三者の土地の取得に関連して、右(二)の契約の改定を必要とする事情が生じたため、同社が被審人に協力を求めたところから、同社は、昭和四二年九月一六日、右(二)の契約を失効させ、両社相互の利益の確保並びに相互の事業の尊重及び協力を目的として、次の事項を含む基本契約と称する契約を締結した。

イ 両社(株式又は持分の過半が両社それぞれによつて所有されている会社を含む。)は、単独又は共同(第三者との共同を含む。)で田村郡の地域に保有する石灰石鉱業権(出願中のものを含む。)について、第三者に譲渡し、担保に供し、租鉱権を設定し又は放棄若しくは消滅等の処分をしないこと。

ロ 住友セメント(株式又は持分の過半が同社によつて所有されている会社を含む。)は、同地域で採掘し又は取得した石灰石を、被審人の同意なしに、セメントの製造及び販売に供する以外に加工又は販売しないこと。

ハ 被審人(株式又は持分の過半が同社によつて所有されている会社を含む。)は、同地域で採掘し又は取得した石灰石を、住友セメントの同意なしに、セメントの製造及び販売に用いず、また、セメント製造業者に供給しないこと。

ニ 両社は、右のイ、ロ又はハのいずれかに違反したときは、違反の期間又は違反して供給した石灰石の数量に応じた違約金を相手方に支払うこと。

(四) 前記契約により、田村郡の地域における現在及び将来の石灰石の需要者は、自由にその供給が受けられない状況にある。

第二証拠

第一事実の一(一)の事実のうち、「石灰石を供給する」事実のほかは、被審人の認めて争わないところである。

「石灰石を供給する」事実については、

一 検証調書

一 査第一号証、査第八号証、査第一〇号証、査第三七号証及び査第三八号証

一 参考人佐瀬四郎の第一二回審判、同渡辺茂助の第一八回審判及び同新野正光の第一九回審判における各陳述

一 査第一七号証、査第二〇号証及び査第三一号証の各供述調書の記載

一 査第四二号証の供述聴取報告書の記載

同一(二)の事実のうち、「石灰石を供給する」事実のほかは、被審人の認めて争わないところであり、

「石灰石を供給する」事実については、

一 検証調書

一 査第二号証、査第七号証、査第八号証、査第一〇号証、査第三七号証、査第三九号証及び査第四〇号証

一 参考人陶山陽一及び同古屋正夫の第一四回審判、同伊藤庄三の第一七回審判並びに同渡辺茂助の第一八回審判における各陳述

一 査第一七号証、査第二〇号証、査第三一号証及び査第三二号証の各供述調書の記載

一 査第三四号証及び査第四一号証の各供述聴取報告書の記載

同一(三)の事実については、

一 審第八号証、審第二二号証の一及び審第二三号証

同一(四)の事実については、

一 査第一五号証の一、査第三七号証ないし査第四〇号証、査第四六号証、査第四七号証、審第一号証の一、審第三号証、審第五号証及び審第六号証の二

一 参考人佐瀬四郎の第一二回審判における陳述

一 査第一七号証及び査第三〇号証ないし査第三二号証の各供述調書の記載

一 査第三三号証の供述聴取報告書の記載

同一(五)の事実については、

一 検証調書

一 査第九号証、査第一三号証、査第一四号証、査第一五号証の一、査第一五号証の二、査第三七号証ないし査第四〇号証及び審第一号証の一

一 参考人古屋正夫の第一四回審判における陳述

一 査第三四号証、査第四一号証及び査第四三号証の各供述聴取報告書の記載

同一(六)の事実については、

一 審第一九号証及び審第二二号証の一

一 参考人陶山陽一の第一四回審判、同新野正光の第一九回審判及び浅田弘太郎の第二一回審判における各陳述

一 査第三四号証及び査第四一号証の各供述聴取報告書の記載

同二(一)の事実については、被審人も前記事実に摘示する契約を締結した事実を認めているところであるほか、

一 査第三号証

一 参考人佐瀬四郎の第九回審判及び第一二回審判並びに同陶山陽一の第一四回審判における各陳述

一 査第一八号証、査第二一号証、査第二五号証、査第二七号証及び査第三〇号証の各供述調書の記載

同二(二)の事実については、被審人も前記事実に摘示する契約を締結した事実を認めているところであるほか、

一 査第四号証

一 参考人佐瀬四郎の第九回審判及び第一二回審判並びに同陶山陽一の第一四回審判における各陳述

一 査第二二号証、査第二三号証及び査第三〇号証の各供述調書の記載

同二(三)の事実については、被審人も前記事実に摘示する契約を締結した事実を認めているところであるほか、

一 査第五号証、査第六号証、査第一一号証ないし査第一四号証及び査第一六号証

一 参考人佐瀬四郎の第九回審判及び第一二回審判並びに同陶山陽一の第一四回審判における各陳述

一 査第一九号証、査第二三号証、査第二五号証、査第二八号証、査第二九号証及び査第三五号証の各供述調書の記載

同二(四)の事実については、

一 査第五号証及び査第六号証

一 参考人陶山陽一の第一四回審判及び同渡辺茂助の第一八回審判における各陳述

一 査第二〇号証及び査第三二号証の各供述調書の記載

一 査第三三号証、査第三四号証及び査第三六号証の各供述聴取報告書の記載

を総合していずれもこれを認めることができる。

第三被審人の主張に対する判断

一 石灰石供給の事業者性について

(一) 被審人の主張の要旨

イ セメント製造業者及び石灰石粉末製造業者は、いずれも自ら鉱区を所有し、当該鉱区で採掘した石灰石をもつて、それぞれセメント又は石灰石粉末を製造するという意味でのいわゆる自山採掘により操業しているのが通例であり、原料の石灰石につき他から供給を受けること及び自山で採掘した石灰石をそのまま他に供給することは、通常あり得ない。したがつて、石灰石の供給が事業として行われたことはない。住友セメント及び被審人は、石灰石粉末製造業者に対しては、例外的に若干の供給を行つたことがあるが、これは、特殊な経緯からする義務的、限定的なものであつて、利潤追求を目的とする正常な経済活動として行つたものではないのであるから、事業として行つたものではない。また、住友セメントが昭和四八年から石灰石粉末製造業者に石灰石の供給を行つたのは、殊更被審人の事業を挫折させるために行つた一時的なもので、事業としての供給ではない。

ロ 仮に、被審人が事業として石灰石の供給を行つているとしても、被審人は、採掘コストの高い小規模採掘方法によつて採掘した石灰石を他の石灰石粉末製造業者に供給しているにすぎず、セメント製造業者に対し石灰石を供給したことはない上、大量かつ低価格の石灰石を必要とするセメント製造業者の需要に応じ得る態勢にはないから、せいぜい石灰石粉末製造業者に対する石灰石供給事業を行つていると言えるだけである。そして、住友セメントも、セメント製造業者に対し石灰石の供給を行つたことはなく、また、同社は、セメントを製造しているので、石灰石を自家消費した上、他のセメント製造業者に供給する能力もない。したがつて、両社は、いずれも、せいぜい石灰石粉末製造業者に対する石灰石供給業者と言えるだけであり、セメント製造業者に対する石灰石供給業者ではなく、結局、石灰石粉末製造業者に対する供給とセメント製造業者に対する供給の両者を包含した石灰石供給業者ではない。

(二) 右主張に対する当委員会の判断

イ セメント製造業者及び石灰石粉末製造業者が、いわゆる自山採掘を原則としているからといつて、そのことから直ちに、これらの業界において石灰石の供給事業は存在しないとすることはできない。仮に、これらの業界において、いわゆる自山採掘による操業が大部分であるとしても、原料としての石灰石が各地において供給される例のあることもよく見られるところであつて、それらの供給が業としての供給と認められるか否かは、反復して縦続的にかかる供給が行われていると認められるか否かによつて判断されるべきである。本件においても、両社それぞれが、反復して継続的に石灰石を他に供給すると認められるか否かによつて判断されるべきである。よつて、この点につき判断するに、両社の定款において、石灰石の販売が、それぞれの事業目的として明示(被審人の定款の解釈としては、査第二二号証及び査第四号証〔第一条〕参照)されている上、両社が石灰石を現に反復して継続的に供給していることは、前掲の各証拠からも明らかである。特に、前掲昭和四二年九月一六日付けの基本契約締結以前から現在に至るまで、住友セメントは、被審人に対して、また、被審人は、自己の子会社である石灰石粉末製造業者に対して、それぞれ反復して継続的に石灰石を供給していることが認められる。したがつて、両社は石灰石供給業者であると認定することができる。

被審人は、その供給が義務的なものであるから事業としての供給ではないと主張するが、かかる主張はいわれのないものと言わなければならない。もし、被審人の言うように、義務的な供給は事業にならないと言うのであれば、一般に、契約上の義務に基づく継続的供給は、すべて事業たり得ないことになり、その不合理なことは言うをまたない。

被審人が、利潤追求を目的とする正常な経済活動として行つたものでなければ、事業ということができない旨を強調する真意は必ずしも明らかでないが、もし、それが、いわゆる本業以外の事業活動は一切事業に当たらないと言うのであれば、その考え方の誤りであることは言うまでもない。

さらに、前記のとおり、住友セメントは、昭和四二年の契約締結以前から、被審人に対して継続して石灰石を供給していることが認められるほか、昭和四八年以降は、住友セメントにおいて、他の石灰石粉末製造業者に対しても石灰石を継続して供給していること及び被審人においても、同様に、石灰石粉末製造業者に対して石灰石を供給していることは、被審人も認めるところであるが、これらは、いずれも相手方の需要に応じて通常の売買として行つている供給であつて、決して一時的なものであつたり、事業と言えないものであつたりするものではない。

被審人は、住友セメントが昭和四八年以降、被審人以外の石灰石粉末製造業者に対して石灰石を供給しているのは、殊更被審人の事業を挫折させるためのもので、事業としての供給には当たらないと主張するが、供給者の意図がどうであれ、供給を受ける側に需要があり、それに応じて継続して供給している事実がある以上、その供給を事業としてみるのに何の支障もない。住友セメントの前記石灰石の供給は、相手方に需要がないのに無理に押し付けているとか、供給を仮装しているものではなく、相手方の需要に応じての供給であることは明らかである。したがつて、この点に関する被審人の主張も理由がない。

ロ また、ここで問題にしているのは、あくまでも石灰石そのものの供給が業となされているかどうかについてであつて、その石灰石供給を殊更石灰石粉末製造業者向けとセメント製造業者向けに二分して、その両者に対する供給が現に行われていない限り石灰石供給とは言えないとするようなものではない。したがつて、他のセメント製造業者に対し現に石灰石を供給し得る生産態勢にあるか否か若しくは現にその供給を行つたことがあるか否かによつて結論が左右されるものではなく、この点に関する被審人の主張も理由がない。

以上のとおりであるから、被審人の主張はいずれも失当である。

二 石灰石供給の取引分野について

(一) 被審人の主張の要旨

イ 前記のとおり、セメント製造業者及び石灰石粉末製造業者は、自山採掘により操業するのが常であり、田村郡の地域における各事業者いずれもが、自社の鉱山を持ち操業している。かかる事業者には石灰石について他からの供給を必要とする需要はないのであるから、かかる事業者に対する供給も存しない。したがつて、田村郡の地域において石灰石供給の取引分野は成立しない。また、田村郡の地域では、これまで住友セメント以外にセメント製造業者は存在したことはなく、将来にわたつて他のセメント製造業者が進出することもあり得ない上、住友セメントは自山採掘に徹しているので、セメントの原料となる石灰石の供給は行われたことがなく、将来もあり得ない。したがつて、仮に、同地域における石灰石粉末の原料となる石灰石の供給について何らかの取引分野が成立するとしても、右供給と、現に存在せず、かつ、将来も存在し得ないセメントの原料となる石灰石の供給が単一の取引分野を形成することはあり得ない。

また、単一の取引分野を認定するためには、その前提として、田村郡に他のセメント製造工場が進出する可能性の高いことを認定しなければならないが、その証拠もない。

ロ 次に、セメントの原料となる石灰石は、取引量として大量で、かつ、低価格でなければならないが、白色度は高くなくてもよい。これに対し、石灰石粉末の原料となる石灰石は、それほど大量の取引であつたり、それほど低価格である必要もないが、白色度の高いものが必要とされる。このように、価格及び取引可能数量の点で、セメントの原料となり得ない石灰石がある反面、白色度の点から石灰石粉末の原料となり得ない石灰石もある。したがつて、セメントの原料となり得ない石灰石や石灰石粉末の原料となり得ない石灰石をめぐつて、セメント製造業者と石灰石粉末製造業者とが競争関係に立つことはない。

また、右競争に関し、被審人は、セメント製造に適合する大量かつ低価格の石灰石をセメント製造業者に供給できる設備を備えておらず、セメント製造に適合する石灰石の埋蔵量を所有しているとしても、その鉱区は大規模採掘方式を採用できない規模、形状であるから、セメント製造業者に対し石灰石を供給する能力はない。このような状況の下においては、セメント製造業者に対する住友セメントと被審人の間に石灰石の売り込み競争はあり得ず、このことと、右のとおり、セメント製造業者と石灰石粉末製造業者が競争関係に立たないことを併せ考えると、セメント製造業者と石灰石粉末製造業者に対する供給が単一の取引分野を形成することはあり得ない。

ハ さらに、取引分野を田村郡に限定すること自体に論理の矛盾がある。すなわち、製造されたセメントの供給先は、田村郡に限定されず、他の地域にも求めざるを得ないはずのところ、同郡から他の地域へのセメントの輸送が可能であれば、セメントの原料である石灰石の輸送も同様可能のはずであり、その場合、セメント製造工場の建設は同郡内に限定されず、したがつて、取引分野も田村郡を越えた広い地域とならざるを得ない。これは、同郡内で採掘された石灰石を原料として使用するセメント製造業者が、石灰石の輸送の困難なことを理由に、必ず同郡内にセメント製造工場を建設するということを前提に取引分野を同郡内に限定する考え方と矛盾している。

(二) 右主張に対する当委員会の判断

独占禁止法第二条第六項にいう一定の取引分野とは、競争を実質的に制限する行為が及ぼすべき影響の範囲に関係づけて認識されるべき業種上及び地域上の一定範囲の市場を意味すると解され(東京高等裁判所昭和五〇年九月二九日判決、出光興産株式会社他による審決取消請求事件。公正取引委員会審決集第二二巻二二〇頁以下参照)、このような市場は、対象となる市場の実態に応じ、同じ事業者について複数でしかも重層的にも成立し得るものであり、したがつて、特定の一定の取引分野の成立が他の取引分野の成立の可能性を排除するものでないことは言うまでもない。

イ そこで、被審人の主張について検討するに、まず、田村郡の地域に工場を所有する石灰石粉末製造業者の大部分が、同地域又はその周辺に石灰石鉱山を所有することは、前掲各証拠により明らかである。ところが、被審人以外の石灰石粉末製造業者の所有鉱山の中には、埋蔵石灰石が枯渇しつつあるものもあり、また、採掘する石灰石の白色度が低く、石灰石粉末製造に不適なものもあり、石灰石粉末製造業を継続するためには、他から石灰石の供給を受けざるを得ないもののあることも、また、証拠上明らかである。また、仮に、右の石灰石粉末製造業者の中に豊富な埋蔵量を有する鉱山を所有する者が存在するとしても、その者が自山の石灰石を原料として使用するか、他から石灰石の供給を受けて使用するかは、当該事業者の企業経営上の全くの自由な選択であつて、他が容かいすべき事柄ではない。このことは、後記のとおり、豊富な埋蔵量を有する鉱山を所有する被審人自身が、住友セメントから石灰石の供給を受けていることから見ても明らかである。したがつて、田村郡の地域における石灰石粉末製造業者がいずれも自社の鉱山を所有しているからといつて、そのことをもつて、他の鉱山で採掘される石灰石に対して需要がないということにはならない。この点に関する被審人の主張は、何らの根拠を持たないもので失当である。田村郡の地域に石灰石の需要があり、これに対して供給があるのであるから、同地域に石灰石の供給の取引分野が成立するとすることに何ら支障はない。

また、被審人は、田村郡の地域において、かつてセメント製造の原料としての石灰石の供給が行われたことはなく、将来も同地域に他のセメント製造工場が進出する可能性はないので、セメント製造工場に対する石灰石の供給も行われないはずであるとして、同地域にセメント製造の原料としての石灰石の供給と石灰石粉末製造の原料としての石灰石の供給が単一の取引分野を形成することはないと主張し、更に単一の取引分野を認定するためには、他のセメント製造工場の進出の可能性が高いことを認定しなければならない旨主張する。

しかし、田村郡の地域及びその周辺で採掘される石灰石の白色度は、前掲各証拠からみて日東粉化工業株式会社所有の万太郎鉱山から採掘される石灰石を除き、すべて白色度九〇パーセント以上であつて、セメント製造用はもちろん、石灰石粉末製造用のいずれの用途にも使用できるという特色がある。この事実及び前記のとおり被審人と住友セメントが現に同地域においてそれぞれ石灰石粉末製造業者に対して石灰石を供給している事実を前提とし、かつ、後記のとおり、同地域において、セメント製造の原料としての石灰石に対する需要の可能性及びそれに対する供給能力があることを考慮した上で、石灰石供給の取引分野の形成の成否を判断すれば十分であつて、かかる観点からすると、同地域における石灰石供給の単一の取引分野を認めることに何ら支障はない。

被審人は、田村郡の地域に将来にわたつて他のセメント製造工場が進出する可能性はない旨強調するが、後記のとおり、その可能性は否定し得ず、結局、これまでセメント製造の原料として石灰石を他に供給した事実がなかつたこと及び将来も他のセメント製造工場進出の可能性が少ないことをもつてしては、同地域における石灰石供給の単一の取引分野を否定する理由とはなし得ないのであつて、まして、他のセメント製造工場進出の可能性が高いことを証拠によつて認定しなければならないとする被審人の主張は、独自の見解であつて理由がない。

ロ 次に、被審人は、石灰石の供給価格の高低の点からいつて、セメント製造業者と石灰石粉末製造業者は、競争関係に立たないと主張するが、これは主張自体失当である。セメント製造及び石灰石粉末製造のいずれにも使用できる石灰石であれば、価格の低いものにいずれの需要も集まるのが自然であり、セメント製造業者の需要と石灰石粉末製造業者の需要との競合関係が成立することは当然である。また、取引可能数量の点から区別があるとする被審人の主張についてであるが、セメント製造用石灰石については、相当の期間にわたつて、大量に、かつ、継続的に供給することが必要とされるのであるから、被審人の主張するとおり、埋蔵量の多寡によつては、セメント製造用に適さない石灰石鉱山のあり得ることは考えられる。よつて、この点について判断するに、住友セメントが田村郡の地域に所有する石灰石鉱山の埋蔵量は、いずれの証拠によつても四億トン弱であると認められ、また、被審人が、その子会社を含めて実質的に同地域で所有する石灰石鉱山の埋蔵量は、被審人提出の審第二二号証の一(小野田エンジニアリング株式会社調査)によれば一億三千万トン、審第一号証の一(被審人自身の調査)によつても八千万トンであると認められ、両社ともその埋蔵量の点からいつて、セメント製造用石灰石の供給は数量的に可能であることがうかがえる。これに対し、両社以外の者の所有に係る同地域及びその周辺の石灰石鉱山の埋蔵量は、いずれの証拠によつても、一千万トン未満であつて、埋蔵量の点から見て、セメント製造用の石灰石には適さないものと認められる。したがつて、埋蔵量の点から見れば、住友セメントと被審人が、セメント製造用と石灰石粉末製造用のいずれの用途にも石灰石を供給できる立場にあると言うべきである。

この点について、被審人は、更に、セメント製造業者に供給し得る石灰石の埋蔵量を所有していることと、セメント製造用の石灰石の供給能力は別のものであり、被審人にはその能力がないので、セメント製造業者に対する被審人と住友セメントの売り込み競争はあり得ず、結局、セメント製造業者と石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給が単一の取引分野を形成することはあり得ないはずであると主張する。

しかし前記のとおり、田村郡で採掘される石灰石の大部分がセメント製造用及び石灰石粉末製造用のいずれの用途にも使用できることや、被審人と住友セメントが現に同地域において石灰石粉末製造業者に石灰石を供給していることを前提として、その上に、被審人及び住友セメントの両社がそれぞれ石灰石をセメント製造用として供給できるだけの能力を有していさえすれば、石灰石供給の取引分野としては十分に成立すると解すべきであつて、その外、更に、現に両社がいずれもセメント製造用としての石灰石の供給態勢にあることを必要とするものではない。したがつて、被審人の右主張は採用の限りではない。

また、売り込み競争の場面が違うことがあるからと言うが、本件は、鉱区の処分を含めて、石灰石粉末製造用及びセメント製造用の両用に使用できる石灰石そのものの供給の取引分野の成立を論じているものであつて、仮に、被審人の言うとおり、売り込み競争の場面が違うことがあつても、そのことのゆえに、前記石灰石供給の取引分野の成立を妨げるものではない。被審人の主張は、この点において理由がない。

ハ また、石灰石は、それが採掘された地域において消費されるという事例はごく一般的に見られるところである(審第一九号証)上、田村郡の地域の地理的及び輸送上の条件並びに同地域に石灰石粉末製造業者が現に多数存在していることを考慮すれば、同地域が同地域で採掘された石灰石を供給するに当たつての地域的な一定の取引分野を形成することは見やすいところである。

すなわち、前掲各証拠によると、田村郡の地域において採掘される石灰石の供給は、現にほとんど同郡内の石灰石粉末製造業者に対してなされているにすぎないが、これは、その輸送に伴う制約及びその輸送費用と製品価格との関係で遠隔地へ供給することが困難であり、このため、田村郡の地域で採掘された石灰石の大部分は、自家消費以外は、現に同郡内の需要者に対し供給されるだけで、同郡外から同郡内の需要者への石灰石の供給も現実にはなく、他方、同郡外のセメント製造業者に対する石灰石の供給は、同様の理由により、現に行われたことはないことによると認められる。

本件においては、これらの事情を考慮し、田村郡の地域に一定の取引分野が成立することを認定しているものであり、右認定は十分可能であつて、セメントが製品として田村郡外へ供給されることがあるとしても、そのことのゆえをもつて、石灰石の供給について、取引分野を田村郡に限定することが、論理の矛盾であることにはならない。

結局、この点に関する被審人の主張も、一定の取引分野が具体的事実関係に応じて相対的に決せられるものであることを忘れた独自の見解と言わなければならず失当である。

以上のとおり、被審人が主張するいずれの点を見ても、田村郡の地域に石灰石の供給について単一の取引分野の形成を否定する理由とはなり得ず、同地域において、石灰石の供給について一定の取引分野の成立を認めることに何らの支障もないのである。

以上のとおりであるから、被審人の主張は採用できない。

三 相互拘束性について

(一) セメント製造業者に対する石灰石供給の制限規定及び鉱区の処分の制限規定について

イ 被審人の主張の要旨

(イ) 昭和四二年九月一六日に、被審人及び住友セメントの間で締結された一連の契約(査第五号証、査第六号証及び審第二四号証ないし審第三〇号証。以下「四二年契約」という。)は、専ら、住友セメントの事業上の苦境打開のために、被審人が同社の要請を受け入れたことにより締結されたものであるが、同契約に含まれる約束のうち、次に述べる第三類の約束は、無意味、無効であり、右契約は相互拘束の要件を欠く。

a 四二年契約に含まれる約束は、次のとおり三種類に分類することができる。

第一類 被審人が、住友セメントに対し、自ら処分権限のある釜山鉱区について、その一部を滝根町名義とし、残余を被審人と滝根町との共同鉱区にし、滝根町の関係会社に租鉱権を設定すること(四二年契約中「採石会社に関する契約」〔審第二四号証〕及び「四者共同鉱区設定に関する契約」〔審第二五号証〕)。

第二類 第一類の約束の対価として、住友セメントは、(a)被審人に対し石灰石を供給すること(基本契約第九条。査第五号証)及び(b)石灰石粉末の製造をしないこと(同第六条)、また、上記(a)及び(b)を補完するために、(c)被審人の同意なしに、他の石灰石粉末製造業者に対して石灰石を供給しないこと(同第六条)及び(d)被審人の同意なしに、鉱区を処分しないこと(同第四条)。

第三類 被審人は、(a)住友セメントの同意なしに、セメント製造業者に石灰石を供給しないこと(同第七条)及び(b)住友セメントの同意なしに、鉱区を処分しないこと(同第四条)。

b 被審人が他のセメント製造業者に対する石灰石の供給を拘束されていると言うためには、田村郡においても他のセメント製造業者に対する石灰石供給の可能性が高いことを認定しなければならないが、その前提としては、少なくとも、同郡内に既に他のセメント製造業者が存在するとか他のセメント製造業者が現に進出する計画を持つているといつた程度の具体的事実が最少限度必要である。

ところが、現状において、田村郡内に住友セメント以外のセメント製造工場が進出することはあり得ない。また、被審人が田村郡外の他のセメント製造工場に田村郡で採掘した石灰石を供給することも不可能であつて、この事態は今後一〇年間は続くはずである。すなわち、田村郡で採掘された石灰石を住友セメント以外のセメント製造工場に供給することは遠い将来にわたつて実現不可能である。したがつて、第三類の(a)は、実現不可能なことを制限したものであつて、相互拘束条項としては無意味、無効である。同じく第三類の(b)も、同(a)を補完する条項であるから、これも相互拘束条項として無意味、無効である。

c 無意味であるにもかかわらず、第三類の(a)及び(b)の制限が設けられているのは、契約上、単に形式的な対等を保つためであるにすぎない。参考人野沢逸夫、佐瀬四郎も、その旨供述している。このように、形式的な対等を保つために無意味な条項を挿入するという姿勢は、昭和三二年三月二三日の契約(以下「三二年契約」という。)及び昭和三七年八月一日の契約(以下「三七年契約」という。)にも見られる。すなわち、三二年契約は、被審人に対して所有鉱区の処分を制限する義務を負わせるところにその目的があり、住友セメント(当時磐城セメント)に対して、その所有鉱区の処分を制限する義務を負わせる必要は全くなかつたにもかかわらず、契約書には、「磐城セメントは被審人の同意なしに鉱区を処分しない」旨の規定が置かれている(第一条)。また、三七年契約では、磐城セメントの石灰石供給を制限することが重要な意味を持つのに対して、被審人の石灰石供給を制限することは無意味であるにもかかわらず、契約書には、その旨を定めた規定が置かれている(第六条第二項)し、鉱区の処分の制限についても、磐城セメントについて義務を負わせることは意味があるが、被審人について義務を負わせることは無意味であるのに、同契約書にはその旨を定めた規定が置かれている(第一条)。これらはいずれも契約書の表面上形式的な対等を保つために無意味な条項を加えたにすぎないのである。

d 右のとおりであるから、第一類と第二類の約束が対価関係に立つと解釈すべきであり、第三類の約束は無意味、無効であるので、本件で問題となる相互拘束については、実質的には住友セメントに対する拘束だけが存在するにすぎず、相互拘束の要件を欠いている。

(ロ) 石灰石供給の取引分野において競争の実質的制限があるという以上は、その前提として、石灰石の供給という分野において競争が存することが必要である。そのためには、セメント製造業者に対する石灰石の供給が可能であることを要する。ところが、田村郡の地域においては、セメント製造業者に対する石灰石の供給が現に行われていないのはもとより、セメント製造のための需要の生じる余地はないのであるから、セメント製造業者に対する供給の可能性もない。また、被審人の石灰石採掘の現在の施設及び態様に変更を加えることなく、セメント製造業者に対して石灰石を供給することが可能であることが、競争を認めるための要件であるところ、被審人がセメント製造業者に石灰石の供給をするためには、その鉱区に大量採掘用の設備を備え、また、大量の石灰石を低価格で供給する態様を採らなければならないが、右設備、態様ともに現時点では、そのようになつていない。そればかりでなく、その鉱区は大量採掘方式を採用できない規模、形状であり、結局、被審人はセメント製造業者に対し石灰石を供給する能力はない。さらに、住友セメントについても、自家消費のほかに、同業者たる他のセメント製造業者に対して石灰石を供給するはずはない。このような状況の下では潜在競争すら認められず、この点からしても、右第三類の約束は、不能事を定めたもので無意味、無効であり、相互拘束の要件を欠いている。

(ハ) 四二年契約を事業分野協定と認定するためには、被審人において、昭和四二年当時、セメント製造事業に進出する蓋然性を持つており、被審人をして同事業を放棄させるために契約を締結したことが認定されなければならないが、これを裏付ける証拠は存在しない。

(ニ) また、独占禁止法第三条後段、同第二条第六項は、現時点における現に拘束又は遂行する行為を禁止しているのであつて、将来拘束し又は遂行するおそれのある行為を禁止しているものではない。本件にあつては、前記のとおり、セメント製造業者に対する石灰石供給が不可能なのであるから、右条項に該当する拘束又は遂行はない。

なお、独占禁止法によつて排除すべきは、現時点で違法であるか、せいぜい競争状態が確実に持続し、競争を制限することとなることが認定できる場合に限られるのであつて、競争を制限することとなる事実が積極的に認定できないときは、排除命令は許されるべきではない。田村郡では、前記のとおり少なくとも一〇年間はセメント製造業者に対し石灰石を供給することは不可能と見られるから、拘束は生じていない。また、仮に、将来拘束の効力が生じたとしても、その時点で独占禁止法第二条第六項の他の要件が充足するか否かは疑問である。このように将来違法性が生じないかも知れない契約条項、または違法性が生じる時まで合法かつ有効な契約条項を、現時点で排除することは、国民の権利を理由なく侵害するものである。

(ホ) 石灰石供給の分野において不当な取引制限があるとすれば、その取引制限は、拘束を受ける事業者自身が、石灰石供給業者としての何らかの利益を得ることを目的として行われるはずのものである。したがつて、拘束はあくまでも利益を得る目的をもつてする石灰石供給事業の存続を前提とし、同事業を行う上での拘束でなければならない。ところが、田村郡で採掘された石灰石は、石灰石粉末製造業者に対してしか供給され得ないのであるから、住友セメントにとつてみれば、契約によつて石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給を制限されることは、自らが石灰石供給事業から撤退することを意味する。そして、住友セメントは、もともと利益を得る目的で石灰石粉末製造業者に対して、石灰石を供給しようとしていたわけではないのであるから、右のように契約によって石灰石供給事業から撤退することは、全く任意の撤退であり、したがつて、前記のような契約による供給制限は、住友セメントにとつて何らの拘束にもならない。また、独占禁止法第三条後段、同第二条第六項は、事業者が石灰石供給事業から任意撤退することを禁止するものではない。住友セメントは、基本契約によつて石灰石供給事業から任意撤退したものであつて、かかる両当事者間の任意撤退の合意が公共の利益に反するはずがない。

ロ 右主張に対する当委員会の判断

契約の解釈は、明文の契約書が存在する場合、その明文について契約当事者間に特段の合意があつたり、その明文の内容が客観的に明らかに不能なことを規定するものでない限り、その明文の規定の客観的、合理的な解釈を第一義とすべきであり、右のような特段の事情もないのに、これを無意味若しくは無効な規定であるとすることができないのは言うまでもない。事業者は、変動する経済事情の下において、この種の契約を締結するのであるから、将来生ずるか否か不明な事態に対処するために事業活動を拘束する契約を締結することは十分あり得ることであり、したがつて、当該契約の内容が将来生ずるか否か不明の事態にかかわらしめられているからといつて、これを無意味若しくは無効な規定であるとすることも誤りである。

ところで、被審人は、四二年契約の各契約条項を三つに区分してその一つを第三類の約束とし、これについて、田村郡へのセメント製造工場進出の可能性及び被審人における石灰石の採掘規模、方法等につき縷々述べ、それを理由に、右約束に関する契約条項は無意味、無効である旨主張している。

右主張に対する判断の詳細は後に述べることとするが、そもそも、四二年契約を前記のように三つに区分し、いわゆる第一類と第二類とが対価関係に立ち、第三類はこれとは別であるとする考え方そのものに問題があるが、その点はしばらく措くとして、被審人が挙げたそれら理由は、右規定を無意味、無効なものにするものであるとは到底言い難い。

すなわち、後記のとおり、田村郡へのセメント製造工場進出の可能性を否定する理由はなく、石灰石の採掘規模、方法等についても技術革新等によつて改良、改善が可能であるとすることに何ら不合理はないから、事業者が、他の事業者との間に、セメント製造業者に対する鉱区の処分を含む石灰石の供給の制限を内容とする契約を締結したとしても、これを無意味、無効であるとすることができないのは当然のことである。したがつて、それらの点に関し、客観的に明らかに不能であるとは言えないのに、現時点において種々困難な点が認められるからといつて、それをもつて右規定を無意味、無効なものとする主張は、本件契約の解釈を誤るものであり、失当であると言わなければならない。そして、右規定は、被審人がセメント製造業者に対し、セメント製造用の石灰石を供給すること及びその所有鉱区を処分することを制限するものであるから、右規定の内容が客観的に明らかに不能であるのは、被審人の所有鉱区にこれに適合する石灰石の埋蔵量が存在しない場合であると解される。

要するに、契約の解釈に当たつては、客観的に明らかに不能なことを内容とする規定でない限り、契約書にある他の諸規定との関係も考慮しつつ、当該規定の客観的、合理的な意味を明らかにしなければならないのである。

その際、契約締結の動機ないし附随事情は、参酌すべき一つの事情になり得るとしても、それを超え、契約の明文に優先して契約の内容を確定すべき事情となるものでないことも言うまでもない。

(イ) そこで、まず、四二年契約がいかなる内容の契約であるかを検討するに、四二年契約、特にその中心である基本契約を見ると、a住友セメントは、(a)石灰石粉末を製造しないこと、(b)石灰石粉末製造業者に対し石灰石を供給しないこと及び(c)鉱区を被審人の同意なしに処分しないことという拘束を受けているのに対し、b被審人は、(a)セメントを製造しないこと(被審人の主張する三分類には、なぜかこの点が省かれている。)(b)セメント製造業者に対し石灰石を供給しないこと及び(c)鉱区を住友セメントの同意なしに処分しないことという拘束を受けている。この契約を素直に読めば、田村郡の地域で採掘可能な石灰石のほとんどすべてを埋蔵する鉱区を実質的に所有する両社が、石灰石を原料として使用する事業を、セメント製造事業と石灰石粉末製造を中心とするその他の事業に区分し、住友セメントは前者の事業に、被審人は後者の事業に、それぞれ専念し、相互に、相手方が専念する事業を侵害しないことを約し、その実現のために相互に事業活動を拘束し合い、その一環として相手方の事業における競争事業者に対する石灰石の供給を制限したと見るべきであり、このことは、以下に摘示の関係証拠に照らしても十分首肯し得るところである。そして、事業活動が、一般に、長期にわたる展望の下で変動する経済事情に対応し展開されるものであること、四二年契約の有効期間は三〇年とされ、鉱量の存在する限り契約を自動更新する旨定められていること、契約当事者である住友セメント及び被審人がそれぞれ実質的に所有する石灰石の埋蔵量は相当年月にわたり生産を継続するに足りると推定されるものであること等の事情に加え、後記のとおり、田村郡の地域に他のセメント製造工場が進出する可能性を否定できないのであるから、右契約が、事業者にとり、現実的な意味を持つ契約であるとするに何ら支障はない。

すなわち、他のセメント製造業者が同地域に進出すれば、住友セメントにとつて種々の不利益が生ずるであろうことに思いを致すならば、他のセメント製造業者の進出を抑えるため、契約をもつて、被審人のセメント製造業者に対する石灰石の供給及び被審人自身のセメントの製造販売を禁止し、あるいは被審人の鉱区の無断処分を禁止することは、住友セメントにとつて極めて有益なことである。なお、もし、被審人が、自分としては、自己所有の鉱区を自ら他に処分したり、自山採掘の石灰石を、セメント製造業者に供給したりする意思はないのであるから、その点からいつても、被審人に対する拘束条項は、無意味であると主張しているとすれば、その主張の失当であることは言うまでもない。住友セメントにしてみれば、被審人がかかる行為にでないという保証はないのであるし、もし、そのような事態になれば、住友セメントの事業上由々しい問題であるわけで、さればこそ、被審人に対する拘束は、住友セメントにとつてみても実質的に意味があることなのである。

したがつて、四二年契約が独占禁止法第二条第六項に規定するいわゆる相互拘束を内容とする契約に当たることは言うまでもない。

そして、右拘束は、住友セメント及び被審人が、それぞれ専念する分野において独占的地位を獲得、維持することを目的としたものであるから、田村郡の地域における石灰石供給の取引分野における競争を実質的に制限する相互拘束に該当することは明らかである。

(ロ) セメント製造工場の田村郡の地域への進出の可能性について、被審人は、その可能性はない旨強調している。

なるほど、参考人の陳述の中には、現在のセメントの市場価格が低落している状況を前提として、その進出の可能性を否定しているものもあるが、セメントの市況は常に変わり得るものであるから、他のセメント製造工場の進出の可能性を論じる際に、現在のセメントの市況を前提とすることが誤りであることは言うまでもない。また、被審人が援用している審第二二号証の一やその他のいずれの証拠を見ても、いずれも経済的に見て、あるいは製品の輸送条件から見て、田村郡の地域に他のセメント製造工場の建設される可能性が少ないことを指摘しているにすぎず、他のセメント製造工場の進出の可能性を否定しているものではない(なお、後記のとおり、佐瀬四郎の審査官に対する供述は、契約締結当時、両社の関係者らにおいて、他のセメント製造工場が田村郡に進出する可能性を意識していたことをうかがわせるものである。)。そして、本件において、相互拘束の前提として他のセメント製造工場の進出の可能性について検討する場合、市況や技術革新を含めた経済事情の変動の外、本件契約当事者である住友セメント及び被審人がそれぞれ実質的に所有する石灰石の埋蔵量及び同契約の有効期間等の諸事情も併せ考慮して判断されなければならないことは言うまでもない。

かかる観点からすると、被審人が実質的に所有する石灰石の前記埋蔵量は、現在の生産量を前提にすると極めて長期にわたる生産に耐え得るものであり、年々の生産量の増加を考慮しても、相当年月の間生産を継続し得ると推定して不合理でないところ、四二年契約の有効期間は三〇年とされ、鉱量の存在する限り自動更新する旨定められている(同基本契約書第一九条)のであるから、仮に、現時点において、他のセメント製造工場の進出が困難であるとしても、その間市況の変遷は言うに及ばず、輸送等の問題について改良、改善が行われる可能性は否定できないのであるから、結局、セメント製造工場が同地域に進出する可能性を否定する理由はないと言うべきである。なお、その場合、現時点から見て、将来のセメント製造工場の進出の可能性の有無が不明であるとしても、その可能性が客観的に明らかに否定されるわけではないから、将来の事態に備え、事業活動に一定の拘束を課することも、事業者にとつて現実的意味を持つことは明らかである。結局、本件においては、他のセメント製造工場の進出の可能性は否定し得ないのであるから、これを前提に、拘束が独占禁止法に規定する相互拘束に該当するか否かを論じなければならず、かつ、それで足りるものと解され、この点についてはさきに判断したとおり、これを肯定することができるのである。

したがつて、被審人が他のセメント製造業者に対する石灰石の供給を拘束されていると言うためには、少なくとも、田村郡に他のセメント製造工場が現に進出する計画を持つているといつた程度の具体的事実が必要であるとの被審人の主張は、独自の見解であつて理由がなく採用できない。

次に、被審人は、その主張に係る前記第三類の約束について、右約束が無意味、無効であるのに、契約条項に取り入れられたことの理由として、参考人の中に右契約条項につき形だけのバランスを取るために入れた飾り文句である旨供述している者がいるとし、これも一つの根拠として、右約束を定めた契約条項は無意味、無効であり、したがつて、相互拘束の要件を欠く旨主張する。右主張は、さきに判断したとおり、右契約条項が相互拘束の一環として現実的意味を持つ有効な規定であると言うべきであるから、前提を欠く主張であるとも言い得るが、なお、念のため検討する。すなわち、契約の解釈については、前記のとおり、契約書にある契約文言の客観的、合理的な解釈を第一義とすべきであり、契約締結に関与した者の供述を特段の裏付けのないまま断片的にとらえ、これを基に契約文言を解釈することが妥当でないことは言うまでもないところ、被審人挙示の参考人佐瀬四郎は、審判廷において、右契約条項について「契約の体裁上こういうものを入れた」等と陳述し、右陳述の趣旨は被審人の右主張に添うもののようである。

しかし、右陳述は、これを裏付ける客観的証拠が存在しない上、他の本件関係者らの供述とそぐわず、特に、右佐瀬自身の審査官に対する供述とも矛盾しているので、措信し難いものである。すなわち、右佐瀬を除くその余の参考人らは、右契約条項が無意味、無効である旨供述又は陳述しているものとは認められず(各供述又は陳述の全趣旨からは、おおむね、右契約条項が契約締結時点における当面の差し迫つた必要を前提としたものではなかつたことを述べるにとどまると理解するのが相当である。なお、参考人野沢逸夫の審査官に対する供述については後述する。)、他方、契約当事者である両社の関係者らが田村郡へ他のセメント製造工場が進出する可能性等を全く度外視していたものでなかつたことは、四二年契約の前期契約条項に関する参考人陶山陽一の審判廷(第一四回)における「やはり当時あそこへセメントの同業者が出てくるという状況はちよつと考えられないような状況にあつたけれども、将来やはりそういうことも考えられるということで、住友セメントの同業者のセメント業者に石灰石を供給してもらつては困るという趣旨で入れたんではなかろうかと思います」との陳述及び佐瀬四郎の審査官に対する、右契約が実質的に引き継いだものとされる三七年契約の同種契約条項に関する「昭和三七年旭砿末が大船渡にある石灰石鉱区を取得したことから、磐城セメントは旭砿末が他のセメント製造業者と提携することを警戒していたようで、このような規定になつたと思います」(査第二二号証)、「この契約において、磐城セメントが旭砿末に譲渡することになりました釜山鉱区が他のセメント製造業者に渡ることを阻止するため契約の範囲を拡げる必要があつたことを補足させていただきます」(査第二三号証)との各供述(なお、査第二二、二三号証の各供述調書は、後記供述調書〔査第一八号証〕同様、弁護士立会いの下で録取作成されたものである。)から十分うかがうことができる。結局、佐瀬四郎の前記審判廷における陳述は措信し難く、いわゆる第三類の約束が相互拘束の一環として有効な規定であるとの前記認定を覆すに足りるものではなく、なお、その余の右供述及び陳述に照らしても、右認定は裏付けられこそすれ、これを無意味、無効なものと認めることは到底なし得ず、その他、被審人の右主張を裏付ける証拠は存在しないので、右主張も理由がない。

さらに、被審人は、三二年契約及び三七年契約の一部契約条項を取り上げ、それらも同様、無意味な規定であつたとし、そのこともまた、四二年契約中の前記第三類の約束が無意味、無効であつたことを明らかにするものであると主張するので付言する。所有鉱区の処分を制限する規定は、セメント若しくは石灰石粉末の製造を制限する規定又はセメント製造業者若しくは石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給を制限する規定を補完し、支えるという関係にある規定という意味があるのであつて、この点からすれば、三二年契約における磐城セメントの所有鉱区の処分を制限する規定は、「磐城セメントは、石灰石粉末の製造は行わないこと(第七条)」の規定を補完する役割を果たしているものであつて、極めて意味を持つ規定であると言える。また、三七年契約における被審人の石灰石供給を制限する規定及びその所有鉱区の処分を制限する規定も契約の両当事者間において、それぞれの事業分野を定めることの一環としての意味及びこれを補完する規定としての意味を持つものであつて、いずれも極めて意味を持つ規定であると言える。三二年契約から四二年契約までを通して見てみるに、三二年契約で、両当事者間において、田村郡の地域における石灰石を原料とする事業分野を二分し、それぞれの事業分野を定めるという考えの萌芽が生じ、そのために、磐城セメントは、石灰石粉末製造事業を行わないとしたものであり、この考えが、三七年契約で一層明確となり、それが、四二年契約に受け継がれたと見るべきである。この間の事情について、参考人杉浦益彦は、審査官に対し、四二年契約に関連し「この基本契約書を締結した基本的な考え方は、昭和三二年及び三七年と同様に、住友セメントと旭砿末は、それぞれ同業者の進出を阻止するという共同防衛を以後も継続していくということです。つまり、住友セメント及び旭砿末は単独又は共同で所有している福島県田村郡内の石灰石鉱業権について一切の処分を行わないことを主たる内容とする契約です」旨供述(査第二九号証)し、被審人の代表社員である佐瀬辰三も、審査官に対し、三二年契約について「田村地区を合理的に開発するため磐城セメントはセメント製造に専念すること、旭砿末は炭カルの製造に当たるという分野を調整するという基本的考え方を申し上げたところ、磐城セメントが旭砿末の面どうを見ましようということになり契約したわけです」旨供述(査第一八号証)し、また、前記佐瀬四郎も、前記各供述をするほか、さらに、審査官に対し、三七年契約について「第六条は、磐城セメントと旭砿末の両者それぞれの希望を入れた規定で事業分野の協定であります」旨供述(査第二二号証)してこれを裏付けている。

なお、この点につき、参考人野沢逸夫は、三七年契約第六条について、審査官に対し、「旭砿末は磐城セメントの同業者に石灰石を供給しない旨の規定は、当時、他のセメント工場の進出の予定はなくなつておりましたので、両者のバランスだけの規定と思つております」旨供述(査第三〇号証)しているところ、右供述中の「両者のバランスだけの規定」との趣旨も、右文脈からは、三七年契約締結当時は、現に他のセメント製造工場進出の予定がなかつたので、同規定はその時点における差し迫つた必要を前提としたものではなく、したがつて、その反面の意味において、その時点においては両社の負う義務につきバランスを保つ関係になつているにすぎない旨を供述したものと解するのが相当であつて、右趣旨を超え、特に右条項が将来にわたり無意味な規定である旨供述しているものとは認められず、同人のその余の供述の全趣旨にかんがみてもこれを首肯し得るところである。

結局、三二年契約及び三七年契約の一部契約条項を無意味な規定であるとし、したがつて、いわゆる第三類の約束も無意味、無効な規定であるとする被審人の主張も理由がない。

(ハ) 次に、被審人は、被審人と住友セメントは、セメント製造業者に対する石灰石の供給に関し、競争関係にないので、この点からも、前記第三類の約束は不能事を定めたもので無意味、無効であり、相互拘束の要件を欠いている旨主張する。しかし、住友セメント及び被審人は、一定の地域において共に石灰石を供給する者であり、その石灰石の供給をめぐつて競争関係に立つものなのであつて、セメント製造業者に対する石灰石の供給の可能性の有無だけを取り上げ、それによつて、両者の競争関係の成否が決まるというものではない。なるほど、田村郡の地域においては、石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給は、被審人及び住友セメントの両者によつて現になされているが、セメント製造業者に対する石灰石の供給は現実にはなされていない。しかし、それだからといつて、両社の間に石灰石の供給をめぐつての競争関係がなく、したがつて、そこには競争制限はあり得ないというものではない。両社は共に現に石灰石の供給を行つている者であり、かつ、前記のとおり、他のセメント製造業者に対する石灰石供給の可能性は否定されないのであり、これらの事実を総合して考えると、両社は石灰石の供給について競争関係にあると言うべきであり、本件契約によつて、その競争が制限されているとみられるのである。

前記のとおり、他のセメント製造業者の同地域への進出の可能性までも否定できない以上、それに対する被審人の石灰石の供給についても制限を加えることによつて、本件のように、住友セメントと被審人が、それぞれの事業に専念し、相手方の事業を侵害しないとするいわゆる事業分野の制限を完全なものとすることができるのである。

なお、被審人は、被審人の石灰石採掘の現在の設備及び態様に重要な変更を加えることなく、セメント製造業者に対して石灰石を供給することが可能であることが、競争関係にあることを認めるための要件であるとし、被審人には、その態勢がないばかりでなく、その態勢を取り得ない旨主張する。この主張の趣旨は、セメント製造業者に対する石灰石の供給は現に行われたことがなく、その供給を行うためには現在の設備及び態様に重要な変更を加えることなしにはできないところ、それでは独占禁止法第二条第四項に照らしても競争関係にあるとは言えないとし、これに加え、被審人は右態勢も取り得ないというにあるもののごとくである。しかし、前記のとおり、被審人も住友セメントも、いずれも現に石灰石粉末製造業者に対して石灰石を供給しているのであり、かつ、セメント製造業者に対する石灰石供給の可能性も否定し得ないという現状の下において、被審人の右主張は、これを一体として総合的に見ることなく、殊更そのうちのセメント製造業者に対する石灰石供給の可能性のみを分離し、しかも、現実の供給態勢を前提にして、これを取り上げようとする考え方であつて、採用することはできない。

結局、競争関係の有無について、これを現実の石灰石の供給態勢若しくはその供給意思の有無にかかわらしめ、その態勢や意思がないので競争もあり得ないとし、いわゆる第三類の約束は不能事を定めた無意味、無効な規定であるとする被審人の主張も理由がない。

(ニ) また、被審人は、四二年契約を事業分野協定であると認定するためには、昭和四二年当時、被審人が少なくともセメント製造事業に進出する蓋然性があり、被審人をしてセメント製造事業を放棄させるために契約を締結したことが認定されなければならないとし、これを認める証拠はない旨主張する。しかし、四二年契約が、住友セメント及び被審人のそれぞれ専念する事業分野を定め、その一環として、相手方の事業における競争事業者に対する石灰石の供給を制限することを内容とする契約であることはさきに認定したとおりであつて、その上更に、被審人がセメント製造事業に進出する蓋然性のあることまでも認定する必要があるいわれはなく、被審人の右主張は、この点において理由がなく採用できない。

(ホ) さらに、本件において問擬されている行為は、これまで説示してきたところによつて明らかなとおり、現に競争制限行為が行われているというにあるのであつて、被審人の主張するような一〇年先に競争制限になるかもしれないというようなものではない。したがつて、独占禁止法第二条第六項にいう事業活動を拘束する行為は現に行われているのであり、かかる不当な取引制限行為を排除することは、法律上当然のことである。

(ヘ) 次に、不当な取引制限は、事業者にとつて本来自由であるべき事業活動を相互に拘束することによつて成立するのであつて、当該事業者がかかる制限行為によつて、現実に何らかの利益を受けるか否か及びその利益が制限行為の対象となつている事業上のものか否かは、不当な取引制限の成否に全く関係がないことである。したがつて、この点に関する被審人の主張も理由がない。

ちなみに言えば、住友セメントは、この契約により、田村郡の地域において、他のセメント製造業者の進出を阻むことによつて、十分に利益を受けているのである。

さらに、被審人は、住友セメントが石灰石供給事業から任意撤退したのであるから、拘束はなく、したがつて、公共の利益にも反しないと主張する。もし、それが、住友セメントは自己の自由意思で石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給をやめたのであるから、拘束には当たらないという意味であるならば、事業者の任意の意思に基づく契約上の取引制限行為は、すべて拘束に当たらず、競争制限にならないことになり、その論の不当なことは言うまでもない。住友セメントが、現に石灰石の供給を行う者であることは、前掲の各証拠からも明らかなのであり、同社の石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給が、契約により現に制限されているのであるから、住友セメントがいかに任意の意思で同契約を締結したとしても、同社は石灰石の供給に当たつて、その自由な事業活動について拘束を受けているものと言わなければならず、かかる拘束を排除して競争を回復することがむしろ公共の利益に合致すると言うべきである。

以上のとおりであるから、被審人の主張は採用できない。

(二) 住友セメントの四二年契約の不遵守等について

イ 被審人の主張の要旨

(イ) 競争の実質的制限をもたらす因果関係の起点は、四二年契約を実行(遵守)する行為である。実行行為がなければ、競争の実質的制限は生じない。昭和四八年以降、住友セメントは、前記三(一)イ(イ)a第二類の(a)、(b)、(c)及び(d)の無効を主張し、現実に田村郡内の石灰石粉末製造業者に対し、その要求する石灰石を十分に供給している。すなわち、

a 住友セメントは、基本契約で定まつている不作為義務を全く実行していない。したがつて、独占禁止法第二条第六項の「共同して相互に事業活動を拘束し又は遂行する」との要件に該当する行為がない。

b 住友セメントの実行行為がないので、「共同」ないし「相互」という要件が欠けるがゆえに、不当な取引制限を構成しない。

c 結局、住友セメントは、四二年契約が存在しない場合と同じ取引行為を行つており、したがつて、同社は同契約の拘束を全く受けておらず、競争の実質的制限は生じていない。

d 住友セメントは田村郡内の石灰石粉末製造業者に対して、十分な石灰石を供給しているのであるから、「田村郡の地域における石灰石の需要者は自由にその供給を受けられない状況にある」ということは証拠に基づかないでたらめである。

(ロ) 本件は、供給業者間の行為を問題にしているのであるから、競争制限も供給業者間の競争についての制限でなければならない。しかるに、「田村郡の地域における石灰石の需要者は自由にその供給を受けられない状況にある」としており、これは、供給業者間の行為によつて、需要者間の競争に影響を及ぼしたという趣旨であつて、矛盾も甚だしい。

(ハ) 住友セメントは、四二年契約により、石灰石粉末製造業者に対する石灰石供給事業という微少な事業に将来も参入しないこと等を約束するなどの対価を払い、本業のセメント製造事業を存続させるという利益を手にしたところ、その利益享受を継続している最中に対価たる右不参入の約束を破棄し石灰石粉末製造業者に対する石灰石の供給事業を開始したという事実関係の下においては、住友セメントの態度は取引の信義に徴し余りにも不道徳であり、したがつて、被審人が住友セメントに対して契約の遵守を要求する私法秩序の利益が優先されるべきである。契約に対する信頼を維持することは、すべてが取引契約によつて成り立つている我が社会にとつては、公共の利益に合致するところ大であり、結局、被審人が住友セメントに四二年契約の履行を求めることは、公共の利益に反しないものとして独占禁止法の適用がないと解すべきである。

ロ 被審人の主張に対する当委員会の判断

(イ) 本件違反は、田村郡の地域において採掘可能な石灰石のほとんどすべてを埋蔵する鉱区を実質的に所有する住友セメント及び被審人が、相互に事業活動を拘束する内容を含む基本契約を締結し、これを実施していることをもつて成立しているのであつて、かかる行為が「共同して相互に事業活動を拘束する」行為なのである。ある契約を実施しているということは、当該契約の下で事業活動が行われていることである。仮に、個々の行為のうち、たまたま契約に違反するものがあつても、契約の実施には変わりがない。住友セメントが被審人に無断で、他の石灰石粉末製造業者に対し石灰石を供給したとしても、被審人において、この契約の遵守を要求し、同契約に基づいて同社の責任を追求する(被審人が、住友セメントに対し違約金を請求している等の事情は、査第二〇号証によつてうかがわれる。)とすれば、それは、とりもなおさず契約が実施されていることを自ら示すものである。契約内容が完全に履行されなければ、独占禁止法違反の実行行為がないとするのは、被審人の独自の見解であつて採用できない。また、この「契約により田村郡の地域における石灰石の需要者は自由にその供給を受けられない状況にある」とは、独占禁止法の違反が成立していることを前提とし、その違反行為によつていかなる状況が現出しているかという事情を説明しているにすぎないものであることは後記のとおりである。さらに、被審人は、昭和四八年以降、住友セメントが、石灰石粉末製造業者に対し、その要求する十分な石灰石を供給していると主張するが、現在住友セメントから石灰石の供給を受けている石灰石粉末製造業者が、十分にその供給を受けているかどうかが問題ではなく、住友セメントが自らの意思で石灰石粉末製造業者に石灰石を自由に供給できるか否かが問題なのである。住友セメントが、仮に、昭和四八年以降、石灰石粉末製造業者に対して石灰石の供給を大幅に増加したとしても、住友セメントのかかる行為は、常に基本契約第六条に違反するものとして、同契約第一四条及び基本契約付帯覚書第二条(査第六号証)により、損害賠償の責任を負うべき危険を負担した上での供給であつて、これは決して住友セメントが自由に供給している状態と言えるものではない。

(ロ) また、「田村郡の地域における石灰石の需要者は、自由にその供給を受けられない状況」とは、基本契約の締結により、住友セメント及び被審人間の石灰石供給の競争が制限され、そのため、石灰石の需要者は石灰石供給者をだれにするかについての自由な選択ができず、その結果、自由な石灰石供給競争の下で供給を受けられない状況にあることに言及しているのであつて、被審人の言うように、需要者間の競争について言及しているものではない。

(ハ) さらに、被審人は、住友セメントが石灰石粉末製造業者に対し石灰石を供給していることを取り上げ、これを取引の信義に徴し不道徳であるとして、結局、被審人が住友セメントに対し契約の遵守を要求することは、公共の利益に反しないので、本件には独占禁止法の適用がないと解すべきであると主張する。

しかし、被審人が主張する右利益は、四二年契約の相互拘束条項の履行によつて、田村郡の地域において、石灰石を原料として利用する事業をセメント製造事業及び石灰石粉末製造を中心とするその他の事業に二分し、住友セメントは前者の事業に、被審人は後者の事業にそれぞれ専念し、相互に相手方が専念する事業を侵害しないこと、特にその一環として、相手方の事業に係る競争業者に対し石灰石を供給しないことによつて、住友セメント及び被審人がそれぞれ専念する分野において独占的地位を獲得、維持する利益にすぎないから、このような利益を追求することが、独占禁止法第二条第六項に定める公共の利益に反することは明らかである。

したがつて、この点に関する被審人の主張も理由がない。

以上のとおりであるから、被審人の主張は採用できない。

四 違法成立の時期について

(一) 被審人の主張の要旨

遅くとも昭和四二年九月一六日付けの基本契約の締結と同時又はその直後に違法性が発生し、かつ、現在までそれが存続していることが、独占禁止法第二条第六項の必須の要件であるところ、同契約の締結の当時、住友セメントと被審人は競争事業者ではなかつた上、同契約締結の直後には全く違法性もなかつたのであるから、同契約が後から違法性を帯びることはあり得ない。

(二) 右主張に対する当委員会の判断

契約成立のときから違法性が発生し、かつ、それが現在まで存続していることが、不当な取引制限の必須の要件であるとするのは、被審人の独自の見解である。独占禁止法第三条の規定に違反する行為があるとき、公正取引委員会が行う排除措置命令(審決)の目的は、原則的には、現にある違反状態を除去し、その将来への継続を防止することにある(第七条)のであるから、その措置を採るに当たつての前提となる事実は、審決の時点(より正確には、審判手続終結日)における事実でなければならず、違法成立の有無の立証もまたその時点における事実について行われ、かつ、それをもつて足りると言うべきである。本件においては、前記第一掲記の事実認定のとおり、証拠上、現に不当な取引制限の違法状態にあるとするものであり、それ以上に昭和四二年の前記基本契約の締結の時点において違法であり、かつ、その時から現在まで引き続き違法であつたことを特に立証するまでの必要は認められない。

以上のとおりであるから、この点に関する被審人の主張は失当である。

第四法令の適用

前記事実によれば、被審人は、住友セメントと共同して、両社が田村郡の地域において有する石灰石鉱業権の処分の相手方及び同地域で採掘し又は取得した石灰石の供給の相手方を制限することにより、公共の利益に反して、同地域における石灰石の供給分野における競争を実質的に制限しているものであり、これは、独占禁止法第二条第六項に規定する不当な取引制限に該当し、同法第三条の規定に違反するものである。

よつて、被審人に対し、独占禁止法第五四条第一項の規定により主文のとおり審決する。

昭和五九年一〇月一五日

公正取引委員会

委員長 高橋元

委員  平田胤明

委員  渡辺豊樹

委員  大森誠一

委員  宗像善俊

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